「12月トーク」                平成29年12月22日


2017年12月もいよいよ終わりに近づきましたが、
当店も満50周年を迎えることができました。

私も、あと1ヶ月あまりで
78歳となり体力的に潮時と感じ、
12月をもちまして、
長住サイクルを店じまいすることに致しました。

思い起こせば、
50年間たくさんの方々に助けていただき、
この上ない幸せを感じております。
ほんとうに、永い間、ありがとうございました。

皆様方におかれましては、
ますます自転車との楽しみを満喫していただければ
私としては最高の幸せに思います。
楽しんで下さい!!

尚、昔なつかしのパーツはメールでお問い合わせ下さい。


                             「洋」
  「11月トーク」                平成29年11月1日


{長住サイクル開店50周年記念ギター演奏会}

(10月15日 長住サイクル店内にて)

人生わずか50年といわれていた時代に私は誕生!
ここに50周年を迎えられたことに、
深く感謝して ありがとうございます。

51年目からは、ボツボツ仕事していきますから
よろしくお願いします。


                             「洋」

  「10月トーク」                平成29年10月1日


「第59話 自転車屋人生の思い出」

(ビアンキクロス BBの摩耗)

叔父さんから甥へ乗り手が変わり、
23年間使用された自転車

こんなにBBが痛んだのも珍しい・・・
途中でクランクが回らなくなって、持ち込まれた。

そこで分解してみると、このような状態!!
BBパーツの組み合わせで、解決する。


                             「洋」

  「9月トーク」                平成29年9月1日


「4回目のそうめん流し」

8月11日
今年もお盆好例のそうめん流し、焼き肉、スイカ割りと
孫達の成長に私と家内は励まされて自宅で行った。

孫たちは前日からの泊まりで、
作業室は竹細工の工作室に早変わり・・・
竹のマイカップに竹箸、
竹灯籠(夜に灯して花火をする)を作る過程を
共同作業で楽しんでいる・・・が、
途中で他の遊びになったりで時間がかかる。

当日は家族全員集合!!
午前11時頃から午後4時頃まで
賑やかな食事と歓談でビールが美味い!

私も随分と体調も良くなり、
仕事も楽しみながらできている今を
とても感謝しています。


                             「洋」
  「8月トーク」                平成29年8月5日


6月22日〜23日
「久しぶりの輪行サイクリング」
柳川〜船小屋まで走る。

22日
午前7時02分、
西鉄薬院駅より特急に乗り込む。
朝の通勤、通学時間と重なり、
自転車2台は車内に納められたが、
柳川駅まで立ち乗車となる。
輪行次回からは早めの時間で始発駅から乗ろう!!

7時48分着。
駅でのエレベーターはほんとに有り難い。
自転車を組み立てて、
柳川駅まで車で来る二人と合流。

沖端川沿いを上流の筑後広域公園〜
JR筑後船小屋駅に向かって走る。

タマホームスタジアム筑後を見学。
昼から二軍の試合が有り、見物客も増えていた。

昼食は人気のジャングルスープカレーだ。
ライスは食べ放題!
美味しかった。

長田鉱泉の炭酸水を飲み、
矢部川沿いのクスノキ林を走り、
広い芝生の中でしばしの昼寝は
最高に気持ち良かった!

帰りは沖端川の対岸を西鉄柳川駅まで走ると
景色も変わり面白かった。

ここで車組と別れて、
私達は川筋を走り、寺院を見ながら
泊まりの「かんぽの宿柳川」へ。


23日
午前9時30分から水郷柳川の水辺の散歩道を走る。
水路に沿って自転車で走るので
ちょっと高めの川下り気分となり
とても気持ち良かった。
船の上からは「コンニチワ」の挨拶が飛び交う!!

途中、北原白秋生家館内をじっくり見学。
隣の古民家さげもんのお店で昔の話を聞き、
孫に土産を買う。

沖端川の沖端漁港では
漁船が川底の泥(ふわふわのムースみたい)をかき分けて
電柱のような棒の間に沢山停泊している光景は初めて見た。
有明海に向かって舟が走って行く。

いろいろと見聞して回ったのでお腹が鳴る!
柳川といえばウナギだ。
「元祖本吉屋」で食事。
ああ美味しい・・・元気が出てきた。

あとは電車に乗って家路へ。
久しぶりのんびり輪行の旅。
満足でした〜。


                             「洋」
  「7月トーク」                平成29年7月1日


「スポルティーフ完成サイクリング」

6月4日
自転車を車のルーフに積んで、
レストラン遊牧民まで運ぶ!
スタート.ゴールはここから
I様のスポルティフ完成祝いに
4人でサイクリングする。

古里をたづねて
70年前の面影ある集落を回り、神社にお参り。
薬王寺温泉でパン屋さんに寄り、一休みする。

約20km。
今年初めて、少し長めのサイクイング。
何の不安もなく走れた。
一安心する。

自然の中をのんびり走るのはとても気持ちいい〜
昼食はゆっくりレストランで。

良い一日を過ごせた。
感謝!


                             「洋」
  「6月トーク」                平成29年6月3日


「剪定(せんてい)」

1年に一度の剪定を5月末頃にする。
今年は店内が暗くなるほど(かしのき)が生い茂る!!
庭師さんに幹の上部30cmほど切り落としていただいて、
私は枝や葉っぱの片付けを手伝う。

剪定が終わると、
散髪したように、スカッと明るくなった。

店内には、朝日が差し込み、
木の枝や葉っぱが風に吹かれて
光と影が動画のように壁に映る・・・

とても癒され楽しめるコントラストだ。


                             「洋」
  「5月トーク」                平成29年5月1日


「ホームページ再開」

昨年11月から体調不良でHPも休んでいましたが
5月からぼちぼち復帰致しますので、
宜しくお願いします。

仕事は土曜、日曜の週二日で始めようと思っています。
(ご来店前に電話で確認してくださいませ)

暖かくなってきたので、
体力と筋力を付けるためにまず
春休みの孫3人をつれてローカル電車で
天瀬温泉に静養に行きました。

開花が遅れた桜が満開となり、
久しぶりの夜桜で乾杯!!

ある日は家内とサイクリングで懐かしの柳橋連合市場、
(ちょと寂しくなってたけど外国人も来てました)
住吉神社や鍛冶屋さんの手仕事を見て
我が心に炎の火種がつきました。

春は次から次と花が咲き、
ツツジが満開の松風園までサイクリング。
貸し切り状態の広間で寝そべり、
イロハモミジを飽きることなく眺めていました。

近くの喫茶で美味しいケーキとコーヒーを頂き、
気持ちも軽く家路に着く。
さ〜5月から楽しく店を開けよう!!
小休止しながら・・・・


                             「洋」
  「11月トーク」                平成28年11月4日


「第58話 自転車屋人生の思い出」

(カンパチェーンカッター「UT-CN300」の調整)
カンパニョーロ11sチェーンの取りつけ

私は1950年代頃から、
いろいろなチェーンカッターを使用!!

シングル・多段式変速機の普及により
その都度工具をそろえて使用してきましたが
だんだん自転車も進化して、
ネジもトルク締めの時代。

特にカンパ11sになると、精密度が高く、
今までの勘に頼る作業では
なくなってきているようですね。

ところで、この工具を使用して
11sコネクトピン挿入取りつけ作業を
何度か繰り返し仕事をするたびに
カシメ作業の時、工具の精度を観察する。

コネクトピンの飛び出したガイドを折り、
次はカシメ作業・・・
工具「UTーCN300」のレバーをクローズモードに・・・

ところがカシメ受けのところまで、
うまくクローズできないので、
なぜなのか?

考える!

受けを0.1mm削り加工すると、
次からスームズに作業できるようになりました。


                             「洋」
  「10月トーク」                平成28年10月5日


「第57話 自転車屋人生の思い出」

(ロード再生)

今から約30年前。
ミヤタクロモリロードフレームオーダー590mm、
高校生時代に良く乗っていたのを再生!!

・・・年も中年になり、
健康的な乗り方をするため
自分の愛車を1年計画でオリジナルに!!

塗装、メッキ、ロゴなど考えて、
共同作業で旧カンパパーツを組み込んで仕上げる。

本人は大満足!!
私も楽しみながらいい仕事ができたことに
喜びを感じています。


                             「洋」
  「9月トーク」                平成28年9月1日


「第56話 自転車屋人生の思い出」

(BB・ヘッドの整備)

フレームと直接動作に関わるところだけど、
案外見落としているところ!!
定期的に点検を!!

使用する頻度にも関係ありますけど、
場合によってはオーバーホールをおすすめします。

                             「洋」
  「8月トーク」                平成28年8月5日


2016年7月26日
「北山ダムサイクリング」

家内と久しぶりにサイクリングしよう!
と当日の早朝に決まり、
佐賀県北山ダムまで自転車を車に積んで行く。

やさい直売所マッちゃんから
(新しく今風のお店になってた??)
ダム方面への道では木の枝がトンネル状となり、
ルーフに積んでる自転車に触ったのか、
自転車を下ろして気がついた。

キャリアとハンドルが曲がり木の枝が巻き付いている!!
ルーフに積んで走るときにはくれぐれも要注意です。

北山湖一周6kmはサイクリング専用道路で
水と森の中は貸し切り状態で気持ち良かった。
途中湖畔迄おりてお弁当を食べ、
くるくる展望台へ。
ここは急な坂道できつかった。

展望台の上は360度見渡せる(山の峰ばかりだが)。
上から見下ろすのは何とも気持ちがよいものだ。
逆方向にもう一周走る。
曇り空で良かった〜

仕上げにやまびこの湯につかって帰る。


                             「洋」
  「7月トーク」                平成28年7月3日


4月30日〜5月6日
「秋田〜青森〜函館の自然と温泉旅行」

(つづき)

5月3日
昨日、岩木山神社にお参りしてたので
朝1番にレンタカーで岩木山へ。

ブナの原生林を縫うように
69カーブのスカイラインを八合目まで走る。
途中からまだ雪が残っていた。

九合目までのリフトは強風の為?休止。
(青空の弱風だったけど)
登山している人はいたけど、ここから大パノラマが楽しめた。
岩木山麓の桜林公園満開の桜、湯段ミズバショウを見て
弘前駅より電車で海辺の浅虫温泉海扇閣泊まり。


5月4日
浅虫温泉駅〜青森駅乗り換え。
線路をまたぐ歩道橋には青函連絡船など
1950年代〜60年代のモノクロパネルが飾られている。

1954年(昭和29年)9月26日に起きた
日本海難史上最大の惨事となった洞爺丸事故が思い出される。
モノクロだと深く感じる、、、

3月26日に開業したばかりの新青森駅から
グリーン色の北海道新幹線11時21分発はやぶさ5号で
新函館北斗駅12時22分着。

乗り換えて特急スーパー北斗11号で大沼公園駅下車。
(さすがにトンネル長く耳が詰まる)

函館七飯ゴンドラで山頂へ。
積雪と強風で駒ヶ岳見えたり隠れたり。
泊まりの函館大沼プリンスホテルへ。
自然がいっぱいで空気が澄んだ周辺の森林を
ゆったりと散策する。
外国に来たみたいだ!

途中の遊歩道では沢山のカタツムリ親子がゆっくりと・・・
私達の足を止めさせられ、生き方を教えられているようだ!!
沼が多く、カタツムリにとっては良い環境なのだろう

湖畔の露天風呂はいつまでも入っていたい!


5月5日
心配した雨も10時になると上がる。
レンタサイクルで大沼国定公園を駒ヶ岳ながめながら走る。
牧場のピザ屋さんでマルゲリータを食べて一休み。
3時間で自転車を返し、函館駅へ。

ホテルラビスタ函館ベイで身軽にして函館市内散策。
午後6時頃から函館山ロープウェイで夜景鑑賞・・・
太陽が沈むにつれて展望台は人人人でいっぱい!!寒い。
日が暮れると本やテレビ等で良く見る光景が現実となり、
すばらしい夜景である。


5月6日
今日は福岡へ帰る日。
ホテルを出て函館五稜郭見学!
ここも桜は満開である。
函館空港からの出発に間に合うよう足早に見て回る。

福岡から桜を追って五能線を走り北海道まで!
念願叶い満足〜と家内は大喜び。

羽田経由で午後5時頃福岡空港着・・・
僕は我が店に着きホッ!と元気になった?
でもでも良い旅でした。
息子よ、ありがとう。


                             「洋」
  「6月トーク」                平成28年6月1日


4月30日〜5月6日
「秋田〜青森〜函館の自然と温泉旅行」


4月30日
九州〜関東方面は行楽日和。
羽田空港に子供が車で迎えにくる。

利根川支流で茨城、群馬、栃木、埼玉4県にまたがる
渡瀬遊水池の谷中湖サイクリングロードを
レンタサイクルで楽しむ。
面積3300haの広大な面積で洪水調節、
都市用水補給目的に設置され
ヨシ原が特徴で「自然の博物館」と言ったところだ。
サイクリストも多く、とても気持ち良く走れた。
泊まりはラフレさいたま。


5月1日
大宮駅より秋田新幹線こまち1号で秋田へ。
山脈を越えるので山また山、谷あり川あり雪ありと
山登りでもしているようだ。
スピードも落として走るので景色がよく見え、
首が左右に動く。

秋田駅から快速リゾートしらかみ3号で五能線を走り、
ウエスパ椿山駅から日本海に面した露天風呂で
夕日が綺麗に見える黄金崎不老不死温泉に入る。

再び快速リゾートしらかみ5号で
右手に白神山地、
左手に日本海の海岸線ぎりぎりを走り、
奇岩有りで速度を落として走る。
まさに絶景だ。

泊まりは鰺ヶ沢温泉ホテルグランメール山海荘。
目の前に岩木山の綺麗な姿有り!


5月2日
鰺ヶ沢駅より岩木山を見ながら弘前駅まで。
レンタカーで西目屋村(白神山地ビジターセンター)〜
津軽ダム建設現場(試験湛水中)を見学。
白神山地を歩く。

夜は弘前公園の夜桜見物。
櫓と城門と3重壕に2600本の桜がライトアップされ、
見事な美しさである。

泊まりはホテルドーミーイン弘前。
今日まで晴天続き!!

つづく


                             「洋」
  「5月トーク」                平成28年5月3日


「第55話 自転車屋人生の思い出」

「1970年オーダー」
(ブリヂストン・ミキスト車再生)

1967年10月自転車店を開店して3年目に
家内のサイクリング用としてミキスト車を作る・・・

壱岐サイクリング・阿蘇サイクリングなど
いろいろと思い出のある自転車・・・
人に貸していた・・・

しかし、
10年ほど使用しなかったためにパーツはすべてぼろぼろ、
フロントラージハブのこわれ方にはびっくり!!

フレームとフェンダーはそのまま生かしオーバーホールして、
パーツは全て取り替える。
46年前の自転車だけど合うパーツがあったのだ!!

仕上がりはとても乗りやすく5速だけど気楽に乗れて
バランスが良く、とても気持ちいい〜〜。

やっぱり昔のはいいな〜綺麗だ!
満足。


                             「洋」
  「4月トーク」                平成28年4月3日


平成28年3月16日〜17日
「島原・天草モニターツアーに参加」

ぐらんざ企画のモニターツアーに家内と参加する。
諫早IC〜小浜経由〜県道30号〜
有馬キリシタン遺産記念館へ。

ここでは長崎におけるキリスト教の伝来と繁栄、
激しい弾圧、キリシタン潜伏から復活まで
一連の歴史を学ぶことができる。
見ごたえ有り。

ちょっと遠くて不便なので
なかなか足が向かないけどお勧めです!!

原城温泉で昼食後(刺身が新鮮)原城跡見学。
史跡巡り周遊バスとアシスト付きレンタサイクルを利用すると
ゆっくり回れるけど(実証実験で3/21迄)

口之津港よりフェリーで鬼池港に新造船で30分で着く。
富岡城跡と苓北町歴史資料館へ。
資料館はH27年7月オープンしたばかりで
檜の香りがぷんぷんする。

島原の乱の激戦地で半島が島のようで

三方を海に囲まれ、
一方だけが街に通じている天然の要塞である。
天草四郎が率いる一揆軍の
2度にわたる猛攻撃にも落城せず、
やむなく一揆軍は島原へと渡って行った。
ここも見ごたえあり。

泊まりは下田温泉。
展望台から東シナ海に沈む夕日は
直前に雲が左右に控えてくれてとても綺麗でした。
感動した!!


2日目
崎津教会へ海上から教会の裏側とマリア像見学。
キリシタン弾圧の為に
絵踏みが行われた場所に祭壇が置かれている。

10人乗りの小さな漁船みたいな船で
船頭さんの詳しい説明を聞きながら、
綺麗な海の散歩・・・

崎津は羊角湾につながり、
入江が奥深く海も深いため、
台風の時など大形船舶などの
避難場所になっているそうです。

高浜焼〜丸尾焼きの窯元見学。
午後6時30分頃、福岡到着

5年前に輪行サイクリングで走ったコースと重なり
良く走ったなーと感慨深かった。


                             「洋」
  「3月トーク」                平成28年3月1日


「ワイン会」
山梨ワインと宗像食材イベント(共同作業)
ふらんす屋にて!!

2016年2月20日
山のまち山梨の7社のワインと
海のまち宗像の鐘崎の魚!

地元の食材を使って、
ふらんす屋さんの手作り料理が融合して
ワインと料理が美味く溶け合って、
胃袋に吸収されていく・・・

50人からの人で店内は笑顔でいっぱい!
ああ〜うまい・・・

気持ち良い時間を過ごせました。


                             「洋」
  「2月トーク」                平成28年2月1日


「第54話 自転車屋人生の思い出」
 
「クロモリフォーク」
(フロントフォーク取り替え)

もう!20数年乗られた
クロモリロードレーサー(通勤使用)

なぜか乗っているとき、
安定感がなくなったようです。とのこと・・・
取り替える事にする。(スレッドレス吋サイズ)

まず、ヘッドパーツが合うようにダイスで加工・・・
また、フロントホイール脱着が
簡単にできるようにエンドダボを削る。

お客様の反応は試乗されて、
別物になったあ〜!!と驚き。
これで安心して、まだ乗れる・・・
気分が良いとのことでした。


                             「洋」
  「1月トーク」                平成28年1月2日


新年あけましておめでとうございます。

2015年11月28日〜29日
「東京湾一周の旅」

フレーム製作所と
東京都大田区の第5回おおたオープンファクトリー
町工場見学に行く。
しかし29日、目当ての町工場がお休みだとわかり
急遽、東京湾一周の旅へと切り替える。
房総半島は行ったことがなかったので・・・

11月28日
羽田〜さいたまへ。
T社とN社のフレーム製作を見学し、車で房総半島へ。
東京湾アクアライン海ほたるパーキングエリアで一休み。

丁度建設記念碑カッターフェイス越しに太陽が沈みかけていた。
シャッターチャンスの良いタイミングだった。

南房総ホテル千倉温泉に泊まる。


11月29日
太平洋から上る日の出をホテル前の海岸から見る。
綺麗な朝日と夕日を見れて感動した。

房総半島最南端の地、野島崎灯台〜鋸山日本寺見学。
岩に掘った日本一の大仏さまを拝観する。
山頂まで階段を上ったり下りたり、よい運動である。
山の名前の通り山頂の景色はノコギリの歯みたい!
富士山も綺麗に見えた!!

東京湾フェリーで金谷〜久里浜まで・・・
横須賀で記念艦「三笠」を観覧し羽田へ・・・

一泊二日の勉強の旅、知らない事ばかりだ!
今年もいろいろ頭と体に吸収していこう。


                             「洋」
  「12月トーク」                平成27年12月2日


「第59回 大相撲九州場所」
博多に冬の到来を告げる 前夜祭

11月5日(木)
福岡国際センター・開場午後1時 開演午後3時
初めての前夜祭見学に行く・・・
開演の頃になると満員になる。
本場所の土俵、
テレビでは見ることができない力士の姿が見られた。

プログラム・・・
ふれ太鼓・九州出身力士紹介・横綱土俵入り・初切り・相撲甚句 等々 

相撲甚句・・・当地興行

     (ハアー ドスコイ ドスコイ) 
    ♪ハアーエー
     (ハアー ドスコイ ドスコイ)
     当地興行も 本日限り ヨー
     (ハアー ドスコイ ドスコイ)
     ハアー 観進元や 世話人集
     本日おいでのお客さま
     いろいろお世話に なりました
     お名残惜しくは 候(そうら)えど
     今日でお別れ せにゃならぬ
     我々発つたる その後も
     お家繁盛 町繁盛
     悪い病気の 流行らぬよう
     陰からお祈り いたします
     これより我々 一行は
     しばらく地方ば 巡業して
     晴れの場所にて 出世して
     またのご縁が あったなら
     再び当地へ 参ります
     その時や これにも勝りし ご贔屓を
     どうか ひとえに ヨーホホホイ
     ハー 願います ヨー
     (ハードスコイ ドスコイ)



11月20日(金)
北の湖理事長急死 62歳 九州場所中に!!
最年少横綱、優勝24回


                             「洋」
  「11月トーク」                平成27年11月4日


10月12日〜13日
「嬉野温泉と塩田津」
嬉野温泉へ・・・

今回は嬉野にお住まいのM様のご好意により
温泉と食事・地元ならではのご案内で、
とても満足な二日間を過ごす事ができ。
大変お世話になりました。

12日
家内と二人車で、
263号線三瀬越え〜佐賀大和〜34号線〜207号線
長崎街道多良道りと高速は使わない。
途中、黄金色に輝いた稲刈りの様子を
「今は1台の機械で刈り、脱穀、稲わらを刻み
 田んぼに落とすの3役を一度にする。」
へ〜進んでいるな〜と車を止めて見とれてしまった。
3時間ほどで嬉野の塩田津に着き街並みを散策する。

ここは重要伝統的建造物群保存地区で長崎街道の宿場町として、
また有明海の千満の差を利用して発達した川港として栄え、
江戸時代には、街道沿いには大小の町屋が軒を連ねていた。
江戸期後半から火災や風水害に強い漆喰造り「居蔵家」と呼ばれる
大型街屋ができ重厚な街並みが形成され、
建物の中に入ると大きな梁や大黒柱が見事である。

ああ〜時間が足りない。
明日また来ようと嬉野温泉のM様宅へと向う。

いろんな話で盛り上がり、温泉に入り、食事でまた盛り上がる。
今日の泊りは山木屋さん(素泊まりで1日1組の受付)
ヌルヌル温泉でゆったりと過ごす。
こじんまりとしてて落ち着く宿です。


13日
二日目はM奥様手づくりパンで朝食、とても美味しかった。
山手の大きな露天風呂に入り、志田焼資料館へ向う。

東海道五十三次大皿55枚の絵皿は見事な物だった。
塩田津の家内がお気に入りの
「きっさ 楽家」さんで予約のランチを頂く。

初めての私たち一組の為に
昨日から食材を吟味して作っていただき、
心温まるお食事ができました。

ここでも話に花が咲き、
随分と長居をしてしまいました。

19時40分帰着。

今回の車旅は沢山の人達と会って
いろんな話を聞いたり、したりで
疲れる所か身が軽くなって帰ってきました。
いい旅でした!

M様有難う!


                             「洋」
  「10月トーク」                平成27年10月3日


「野球観戦」

レギュラーシーズン最終戦
(ソフトバンク VS 日本ハム)

9月28日(月)
家内と私、バスと歩きでヤフオクドームまで・・・
試合開始は午後6時から。
二人でユニホームを着て応援する。

7回まではソフトバンク優位でしたが、
8回に逆転されて
9回裏ソフトバンク2アウト満塁で松田。

数回のファールボールで引き延ばし
ドームはフレー、フレー松田で盛り上がる。
帰るに帰れない!!

最後の1球投げました〜。振りました〜〜三振!!
アーアーのどよめき。

5対3で日本ハムの勝ち・・トホホ。

帰りは歩きとバスと歩きで23時40分帰着。

長住は交通の便が良くないナー。
今度は自転車で行こう!


                             「洋」
  「9月トーク」                平成27年9月1日


「孫たちの夏休み」

お盆休みに家族みんな集まって
今年で2回目のそうめん流し。
設営には水遊びの後の孫たちが手伝ってくれた。

この暑い時期ちょっとした涼しさを味わえる。
その後はバーベキューとスイカ割り!!

孫たちの思い出になるかな〜?


                             「洋」
  「8月トーク」                平成27年8月1日


「第53話 自転車屋人生の思い出」

「錆ついたパーツ」
(スレットレスヘッド分解掃除)

クロモリスレッドレス吋サイズ・フロントフォーク
分解に取り掛かると、ハンドルステムは取り外しOK・・・

ところが、アルミスペーサー4枚は
ホークステムに錆ついて取れない。
いろいろ工夫し、時間をかけてやっと取れた。

スレッドタイプでは、ハンドルステムが取れないことは
良くありましたが、スレッドレスでは初めての経験になる。!!

仕上げると、とても乗りやすくなった。


                             「洋」
  「7月トーク」                平成27年7月5日


4月30日〜5月3日
世界自然遺産の島「屋久島と指宿3人の旅」

4月30日
・・・博多駅〜(さくら403号)鹿児島中央駅着。
鹿児島港発10時20屋久島行き
ジェットフォイル、トッピーで安房港午後1時着。
鹿児島は雨で注意報も出ていたが、
屋久島に着くと青空だ!!

さすがにリュックを担いだ人が多い。
早速バスで湯泊温泉へ・・
ここは人も少なく海の傍の露天風呂貸切だ!!

自然のなかの動物、人間サルになった気分!!
気持ちいいなー

早めの屋久島いわさきホテルに着き、
庭園内の散策と大滝を見に行く。
ここは山の中腹にあり温泉も湧きロケーション抜群だ。

ゆったりと夕食を楽しむ。


5月1日
屋久島ゆうらんバスで島一周一日のコースに参加。
白谷雲水峡の弥生コースを歩く。
(杉の大木と苔むした森林の中で体全体が浄化される感じ)
〜屋久島環境文化村センター
〜白い煙を吐いている口永良部島を右手に見ながら
 (1ヶ月後に大噴火するとは!)
 永田いなか浜(ウミガメ産卵に行った筋後見つける)
〜世界自然遺産登録の西部林道
 (一人で行くには勇気がいりそうな道が狭く樹木が生い茂り、
 サルや鹿、それに若い女性一人旅のサイクリストに出会う、、、)
〜大川の滝を見て(滝が至る所にある)
ホテル着午後5時30分


5月2日
屋久島ゆうらんバスで半日コース参加
ボタニカルリサーチパーク
〜ヤクスギランド、紀元杉(車で随分上まで登る)
〜屋久杉の郷でトビウオの1匹丸ごと唐揚げの昼食
 (ヒレから骨まで食べれる)
〜安房港から鹿児島港〜鹿児島中央駅JRで宮ヶ浜駅下車。
指宿温泉こんらんの湯錦功楼泊まり。


5月3日
今日は朝から雨。
自転車競技があっているのか、
雨の中ホテル前の道を沢山のサイクリストが走っている。

特急指宿のたまてばこ2号で鹿児島中央駅へ。
JR普通に乗り換えて川内駅。
肥薩オレンジ鉄道のおれんじ食堂3号にて遅めのランチを食す。

出水からさくら568号にて午後6時40分博多着。
博多どんたくの舞台を見る。

あー良く遊んだ、息子よ有難う!!


                             「洋」
  「6月トーク」                平成27年6月1日


「孫とのふれあい!保育園の遠足と野球」 

5月14日
boy孫と一緒に保育園の遠足参加。
家内と自転車で孫ちゃんを迎えに行って保育園へ。

受付を済ませ貸切バス4台で
福岡市動植物園へ約30分位で着く。
何十年振りかの動植物園!
とても奇麗になりいろんな動物と触れ合え、
スタンプラリーも済ませ孫以上に楽しんだ??みたい。

お弁当は植物園の芝生で園児たち皆と一緒に食べる。
青空の下で久しぶりの手作り弁当は格別にうまい!!

孫も大はしゃぎで、
帰りのバスでは3人共ミニ爆睡・・・
 

5月16日
野球観戦ヤフオク!ドーム。
試合開始は午後2時から。
福岡ソフトバンク VS 埼玉西部。
野球観戦もひさしぶりだ。
こちらgirls孫と一緒に見る。

とても面白い試合となり、
7回ジェット風船が上がるころには
相当な盛り上がりとなる!!

ドームの中は人と風船が一体となり、
テレビでは味わえない感動である。

わが子の子育て時期は家内に任せ、
子供の日曜休みは休まず働き、
子供と一緒の学校イベントには出られなかった。

今、孫たちの行事に参加し、つくずく思う。
子育ては若いからこなせるのだ!
子育てがんばれ!と、、、。


                             「洋」
  「5月トーク」                平成27年5月1日


3月30日〜31日
「桜並木三昧を一泊二日の輪行サイクリング」

3月30日
家を午前9時出発。
西鉄大牟田線高宮駅〜津古駅で下車。
輪行袋から自転車を取り出して組み立てる。
久方ぶりの輪行だ!!

今日は朝から天気も良くて風もなく、
最高のサイクリング日和。

まず草場川沿いの桜並木を目指して
満開の菜の花や小鳥のさえずりを聞きながら東に進む。

九分咲きの最高の桜で私たちを迎えてくれる。

川土手で軽食、対岸のご夫妻とおしゃべりして
R33から筑後川沿いに出る。
ここの桜並木もスゴイ!

しばし草むらで寝ころぶ。
途中脇道ばかり走ったので食事するところがなく、
少しのナッツを分けて食べる。

朝羽大橋を渡りサイクリング道路を貸切状態で走る。
いたるところで桜!さくら!桜!

今日の仕上げに夕月神社の桜並木を見る。
ここでガス欠となり僕は下で待つ
家内は山頂まで歩いて行く・・・

筑後川沿のサイクリング道路を
「原鶴温泉とよとみ」まで走り、
今日のお宿にゴール。

宿でも桜並木のライトアップです。
走った距離47km


3月31日
旅館を午前9時スタート。
サイクリング道路、R386と秋月までサイクリング。
昨日はほとんど平坦なコース。

今日は一つ小さな峠越えて
目的地の秋月に着いたのが午前11時ころ。
花咲き爺さんが居そうな
知り合いのお家に寄ってコーヒーを頂く。
とても美味しかった。

R322は道幅狭く、車が多いので
対岸の道を甘木駅まで走り昼食。

西鉄甘木線古賀茶駅めざしてサイクリング・・・
途中から雨が降り出したが、
びしょぬれになる前に駅に着いた。

自転車を輪行袋に詰めて、
近くの慧華の湯温泉に入る。

午後6時帰着。
走った距離46km


                             「洋」
  「4月トーク」                平成27年4月3日


{自転車一筋60年(1955〜2015)}
 

「家族でお祝」

15歳から自転車の仕事を初めて「60年」!!
これからも続けていかれる喜びを感じてます。

武雄温泉一泊のお祝会を
皆でしていただき感激しました。・・・
家族.孫たちに囲まれて、
よ〜ここまでこれたな〜


                             「洋」
  「3月トーク」                平成27年3月3日


「第52話 自転車屋人生の思い出」
 
「スポークねじ切り器」
(昭和の時代の工具たち No.12)

スポーク専用の特殊ねじ切り器で
長めのスポークから自由なサイズに加工できる。
適応スポーク#14/15
現在では電動スポークネジ切り器が出ています。


                             「洋」
  「2月トーク」                平成27年2月2日


「第51話 自転車屋人生の思い出」

「靴修理 金台」
(昭和の時代の工具たち No.11)

1970年代までは今のLOOK keoや
SHIMANO spdシューズプレートなどが
使用される前後まで活躍した
靴シュープレート取り付け金台です。
今はもう使われなくなりました。

これも時代の流れですね〜!


                             「洋」
  「1月トーク」                平成27年1月6日


「船内見学」

新年あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します

さて昨年11月に
博多港国際ターミナルにて
「ピースボート地球一周の船旅」の「オーシャンドリーム号」
船内見学会に行ってきました。

総トン数:35265トン・乗客定員1422人
100日間にわたる地球一周の船旅。

船内客室は右端から左端までズーッと部屋のドアー。
大きなホテルそのものだ!!

ビルにすると11階建て。
娯楽室、プール、スポーツジム、サウナ、
ダンスホール、バー、レストラン、などなど・・・
もう船旅をしてきた気分になりました。

船内見学を終えて、
そうだ!大相撲九州場所あってるぞ!会場も近くだ!行こう!
と海側から入って行く途中で
偶然にも一服中の「立呼び出し」さんに出会う!

呼び出しそのままの粋な姿に感動して、
家内は「ワー素的、素的」と大喜び!
早速2ショット。

後で調べると、
呼び出しの最高位が45年以上で
九州場所で土俵人生に終止符(定年)を打たれる
「立呼び出しの秀男」さんでした。
偶然の出会いに改めてびっくり!
お疲れ様でした。

表に回ると有名な力士が赤いじゅうたんの上を
和服姿で入場中でした。
これは土俵で見られない。

一人一人の表情に感動し掛け声と拍手を送り、
会場を後にする。

今回つくずく感じた!
行動を起こし外に出ればいろんな人との出会いが待っている。
日本の伝統文化「相撲」が一段と面白くなった。


                             「洋」
  「12月トーク」                平成26年12月2日


「リンゴと柿狩り」
リンゴ狩りは北部九州でもできる!!

10月28日
天気は快晴。
車でドライブ〜福岡市内自宅からショウケ越え〜
八木山峠を越えて、
八木山高原の中のリンゴ園でリンゴを木の枝から
自分の手でもぎ取るのは初めて・・・

口に入れると瑞々しく歯ごたえがあり、
美味しかった。


11月3日(祭日)
天気は晴れ。
渋柿を求めて孫たちと車で三ツ瀬トンネル越えて
佐賀県の大和町地区の柿園を見学!
柿を眺めながら日差しを体いっぱいに浴びての
お弁当はとてもうまい!!
さわやかな風が心地よい・・・

家内は干し柿が大好きなので渋柿を買って帰る。
早速その夜は柿の皮を剥き翌朝熱湯を掛けて干した。
これは家内の仕事!!

3週間で食べごろ。甘くて美味いです。


                             「洋」
  「11月トーク」                平成26年11月3日


2014.10.7(火)〜11.30(日)
「九州国立博物館特別展へ」
(台北国立故宮博物院所蔵)

10月14日(火)
九州国立博物館へ車で家から片道約26km
自然に包まれた大宰府!博物館に到着。
特別展 神品至宝展見学!

世界の四大博物館の一つ
台湾:台北国立故宮博物院からの門外不出の名品が・・・
九州国立博物館で観賞できるので沢山の人出だった。

あと三つの博物館は
イギリス:ロンドン・大英博物館
フランス:パリ・ルーブル美術館
アメリカ:ニューヨーク・メトロポリタン美術館

出品された作品は
新石器時代(紀元前4500〜3000年前から清時代18世紀ころまで)
中国の歴史〜皇帝文化の生活様式が伝わってくる。

特に注目したのが、
肉形石(にくがたいし) 清時代18〜19世紀
青花龍文大瓶(せいかりゅうもんたいへい) 明時代15世紀
青磁輪花碗(せいじりんかわん) 北宋時代11〜12世紀

あらためて、大昔の人の物作りの精密さ、
手作業の奥深さに感銘する。
すばらしい作品ばかりだ。

家内は習字を習いたくなったと筆を買い求めたが・・・・?

小学生のころ聞いた言葉に、
中国はお母さん(母なる大地)・朝鮮はおっぱい(乳房)
その恩恵を受けて日本があると!
地形から見るとそんな感じがする・・・


                             「洋」
  「10月トーク」                平成26年10月1日


「珍しいヘッドパーツ」
(シマノ初期型の鉄クロモリ?)

私が初めて目にするDURA−ACE刻印入りの、鉄ヘッドパーツ
1972年頃の作品だと思う?

わくわくしながらクロモリフレームにクロモリフォーク
下玉押しハウジングを加工して取り付ける。

うまくついた。
精度もとてもよい!


                             「洋」
  「9月トーク」                平成26年9月6日


「第50話 自転車屋人生の思い出」
(カンパ Cレコード)

私が初めて目で見て、手で触れたのが
1987年・カンパCレコードのコンポーネントで、
今から27年前のことである。

今までにない新しい時代のながれを作っていくパーツ・・・
これからはこのパーツによって、
いろいろなかたちのフレームが現れるだろうと感じる。

・・・その通りモノコックタイプなど
斬新なモデルタイプまで目にするようになる。

その時代のブレーキ.BB.ヘッドパーツなどメンテする。


                             「洋」
  「8月トーク」                平成26年8月5日


「ねこの昼寝 車の屋根の上にて!」

<人も昼寝ができるようになりたいですね>

情報化社会になり、人は益々忙しくなりますね。
かんたん便利になってきたけど、
時間に追われているようです。

また、情報が細分化され、
不便なことが多いと感じる今日このころです。

しかしその流れに乗れないと
生活できないようなシステムに??
なってきましたね。

・・・この猫ちゃんのように
のんびりと昼寝でもできればいいのにな〜
ホントニネ!


                             「洋」
  「7月トーク」                平成26年7月6日


2014年4月27日〜5月7日
「オランダ・ベルギー旅行記」
<自転車大国オランダの自転車文化!>

(つづき)

4日目午後から
現地時間5月1日(木)
マルクト広場にはメーデーの行進に
沢山の人が集まりだす。
いよいよオランダへ。

世界遺産キンデルダイク。
19基もの風車が立ち並び、
18世紀そのままの風景を見せている。
最も低いところで海抜マイナス2mにも及ぶそうだ。

今日は天気も良く、
川べりでカップルが結婚式を挙げていた。

広大でのどかな風景、小さな子供たちと一緒に
サイクリングや釣りを楽しんでいる人。
時間を自分のものにしているようだ!!

日本とゆかりの深い古都ライデンの
「シーボルトハウス」では
日本の古いものが沢山ある。

運河沿いの美しい街並みを散策し、
アムステルダム市内にて夕食後、
今日の宿泊地スキポールへ。
ここで3連泊。


5日目
ホテル〜午前8時リッセへ出発。

まず一般農家のお花畑見学してキューケンホフ公園へ。
ここは世界的に有名な植物園で
(東京ドーム7個分、3月中〜5月中旬のみの開園)
700万株ものいろんな種類の
チューリップやヒヤシンス、他が
広大な敷地の樹木の下に咲き誇り圧巻だ。

いろんな国の大型バスで駐車場は満車!
公園内は多くの人 人 人、

コース案内は綺麗に表示されているけど
園内へ入場したところが分からなくなるほど広く、驚きである。
昼食は園内カフェテリアでお花を見ながら楽しむ!

その後アムステルダム市内観光。
国立博物館に入場するが、人が多く時間も足りない。
あ〜残念だ。
外には入場を待つ長蛇の列!

「世界遺産」アムステルダム運河クルーズに
中央駅(東京駅のモデルになった建物だとか)から出発。

「北のベニス」といわれるそうで
大小165の運河と1300余りの橋があり
船からの眺めも格別である。

また自転車の多さは想像以上で
中央駅から川沿いに駐輪場ビルが連なる。
一見異様な感じ。

自転車道は整備されていて、
交通ルールは右側通行、逆走なし。
私の見た感じでは道路使用の優先順位は、
自転車、電車、車、人のように見えた??
市内は実用車でいっぱい!
ブレーキはコースターが多い。
アップダウンがないからな〜


6日目
午前7時30分出発。
フラワーパレードの始発点ノルドワイクへ。

1年に1度開催の見事なフラワーパレード見学。
いろんな花でいろんな形に飾られたカラフルな山車が
一日かけて40キロ先まで移動する始発地点に。

辺りは生花の香りが漂い、
山車のお花の中へ吸い込まれそうだ。
またクラシックな年代物の車が並び、
そこにもそれぞれに花が飾られた見事なお祭りである。
(博多の花電車もこれを参考にした?とか?)

何組かの鼓笛パレードのスタートから始まり
中には物真似プレスリーが何人かで台車に乗り演奏している。
家内は仲間に入りツーショット。
やるねー

午後からメーデンブリックにてSL(蒸気機関車)に乗車!
羊が草を食んだり小川があり、
遠くにチューリップが見える。
のどかな風景を車窓やデッキから眺めたり
線路や列車の連結されたメカニズムを見ながら
それぞれに車内のつくりが違うのを見て回りながら
機関車から吐き出す石炭の煙りの匂いも心地よい。
山がないから地平が少し丸く見える。
約1時間20分のコースでした。

夕食はオランダ風ビーフステーキのオプション・・・
日本のが美味いと思うけど・・・


7日目
最後の日。 午前8時30分出発。
ザーンセスカンス風車村チーズ工房や木靴工房など見学!
いろんなチーズが在り、いろいろ試食する。
木靴の工房は人垣で見えない!!
ここが最後の見学。
ベンチにかけて風車を見たり少しのんびりする。

午後から空港へ。
アムステルダム・16:00発
アルケフライ航空チャーター直行便にて
14時間で無事に帰国しました。

今回のオランダ、ベルギーの旅はとても良かった。
オランダは花の時期がお薦めコースです。


                             「洋」
  「6月トーク」                平成26年6月1日


2014年4月27日〜5月7日
「オランダ・ベルギー旅行記」
<ベルギーを目で見て感じたこと!>

1日目
成田〜オランダへ
アルケフライ航空チャーター便(クラブツーリズム)にて
ウクライナ情勢により南回りとなる。
カスピ海西側のアゼルバイジャン共和国のバクー空港にて
1時間の給油(機内待ち)。

アムステルダムのスキポール国際空港着まで17時間!
そこからベルギーのブリュッセルエアーポートホテルまでの
210kmをバスで3時間。
成田を出発しホテル着までなんと!!
20時間かかった。

日本との時差(サマータイム)7時間。
シャワーを浴びて1時間ほど仮眠する。


2日目
現地時間午前8時から専用大型バス(20人)で観光へ。
橋が語源といわれるブルージュへ。

街を流れる運河には50以上の橋が架かり、
運河を利用した貿易の繁栄期に作られた
美しい中世の街並みは「歴史地区」として世界遺産に!
愛の湖〜ベギン会院は小雨でしっとりして
とても素適だった。

マルクト広場に着くと陽も照りだし、
スコーンとした明るさで、自転車に乗ってる人が多い。
焼き立てワッフルとクレープは美味しかった。

古都ゲントに移動し、世界遺産の鐘楼は15分おきに鳴る。
聖バーフ教会〜グラスデイを散策し、ブリュッセルに戻り
夕食はムール貝のワイン蒸しと楽しみなベルギービール!!
これは口当たりが爽やかで飲みやすく美味しい。
お代わり続出。

・・・ホテルに午後8時着


3日目
午前8時30分出発 オプショナルツアー18名
ナポレオンゆかりの地ワーテルロー古戦場跡
(1815年6月に20万の兵士が集結し5万の死者を出す)
関ヶ原の戦いと似たような??

226段の人工丘の上には
当時の武器を溶かして作ったライオン像が
広大な平原の先フランスを見据えて立っている。

中世の薫りただよい緑に囲まれたガースベーク城から
ブリュッセルの「世界で最も美しい広場」と称された
グランプラスへ。

各組合所の美しいシンボルの装飾をした
建物が軒を連ねて立つギルドハウスや
華麗な市庁舎がある広場は人が溢れてる。

ベルギー一格式が高いといわれる
聖ミッシェル大聖堂の見学(ワーの声しか出なかった)。
小便小僧のいろんな衣装を見て自由行動・・・

濃厚さと深いコクのダルシーショコラを買う
(ウーン奥深い!美味しい!)
家内と2人ショルダーバックをゲット。

スーパーに行き果物やお菓子を求め、
今夜もベルギービールでカンパーイ!!
うまい!

午後8時30分ホテル着。
ベルギーのホテル3連泊。これはいい


4日目
荷物を積んで午前8時30分出発。
アニメ「フランダースの犬」の舞台アントワープへ。

ノートルダム大聖堂(宗教壁画のすごさに圧倒される)
〜世界遺産の鐘楼〜市庁舎など午前中見学。
午後からはオランダのキンデルダイクへ・・・

専用大型バスで高速道など1日約26kmを移動するけど、
20人のグループなので座席の余裕と連泊で疲れは少ない。

続きは来月に!!


今までベルギーはあまり眼中になかったけど
今回行ってみて強く感じたのは、
交通の要所のためにいろんな戦いに翻弄され
複雑な歴史をたどってきたにもかかわらず
グランプラスはよくもこんなに古い、
いろんな建築様式が調和した広場を作り上げたものだと感心する。

宗教壁画の素晴らしい教会や大聖堂、
煉瓦や石造りの建物が多く、
13世紀〜15世紀にタイムスリップした感じがする。
ベルギーはいいな〜

かの有名なツールド・フランスのスーパースター、
エディメルクスの故郷でもある!
いたるところにすり減った石畳があるが、
彼はどのようにしてトレーニングしていたのかな〜?
バスの中でいろいろ想像する。

郊外ではチームがジャージに身を包んでトレーニングしており、
街の中は実用車が多い。

ほんとに自転車を見ると元気が出るな〜


                             「洋」
  「5月トーク」                平成26年5月1日


「第49話 自転車屋人生の思い出」
(ランドナーと私)

1980年8月23日〜24日
「第15回 九州サイクリングラリー」
(熊本県大会 阿蘇山周辺)

前日からの集中豪雨は、当日午前2時ころまで続く・・・
午前5時ころには雨もあがり、良い天気になる!
車に自転車を積み込み家族全員加!!
阿蘇神社に9時30分着!

サイクリストの受付を済ませ、
阿蘇登山道(坊中線)コースを走る。

我が家では子供2人と家内はそれぞれの自転車に乗り、
私はランドナー車の後ろに
当時のホンダスーパーカブ号専用の
子供乗せを改造し取り付けて、
3番目の子供を乗せて草千里まで・・・

3時間かけて家族全員完走!!

草原での昼食。
この大自然の中での弁当はうまい!
休憩の時間を子供たちは乗馬で楽しむ!!

帰りは25分で阿蘇駅に着く。
お泊りは内牧温泉山楽荘へ!

子供たちもよく走った。
忘れられない思い出となることでしょう。

私はランドナーには1970年頃から乗っていますが
いろいろな自転車に乗ってみて、
私なりに感じるのは、40年の時が過ぎても飽きることな
く乗り心地が良くて自由な自分の時間が作れる
よきパートナーである。
これからも旅して楽しもう!!


                             「洋」
  「4月トーク」                平成26年4月9日


「休日のサイクリング」

(福岡城舞鶴公園周辺)

3月4日
春の日差しを浴びて久しぶりのサイクリング。
樋井川沿から大濠公園方面へ。
途中でパンと牛乳を買って福岡城址へと進む・・・

大河ドラマ軍師官兵衛で
全国区になった城内を見学しているところへ
福岡黒田武将隊と会う!

家内と一緒に撮った写真を見て、
あら〜、自転車のヘルメットと兜!

かぶとは現代のヘルメットだ!
思いがけないスナップ写真となる
                             「洋」
  「3月トーク」                平成26年3月6日


「80年代のTOEIランドナー」
(ヘッドパーツ.ボトムブラケット分解掃除)

時が過ぎても綺麗なランドナー
久しぶりに乗り始めよう!!

回転部分ヘッド.BBの整備をする。

オーダーされた当時によみがえる。


                             「洋」
  「2月トーク」                平成26年2月4日


「第48話 自転車屋人生の思い出」

(音がでる原因について その2)
<後車輪から>

通勤使用の7速普通自転車に乗られて、
後車の方から音がでるのは、なぜ・・・?

試乗して見て、ペタルを漕がなくても音がするので、
これは後車ハブの関係かな?と・・・

調べてみるとハブ芯が折れていた。


                             「洋」
  「1月トーク」                平成26年1月1日


「第47話 自転車屋人生の思い出」

(新年あけましておめでとうございます)

<手から学ぶ仕事>

永年、手作業を続けていると、
頭から覚えたことは忘れることが多いけど
手から覚えたことは忘れない。

ホイールの組み立て作業、
最近は完組ホールの時代ですけど
自転車乗りの楽しみ方としては、
組み方、テンションの強弱によって
ずいぶん乗り心地が、違ってきまね。


                             「洋」
  「12月トーク」                平成25年12月6日


「国立競技場スタジアムツアー」

<競技場見学>

(2013.10.24 聖火台を見て感激!!) 

台風27号、28号がダブルで関東地方へ接近中のところを
1964年第18回オリンピック東京大会が開催された
国立競技場見学!

2020年に東京オリンピックが開催されるために
現競技場は2014年7月から取り壊され、
新国立競技場が建設される。となると、
是非見ておきたい!

で、今日の見学となりました。

幸いに台風接近のため、
見学ツアーにキャンセルが出たので
参加できました。
ラッキー!!

午後3時30分よりガイド嬢の説明で始まる。

秩父宮記念スポーツ博物館内の展示物から
競技場内部の観覧席〜聖火台へと登り進む。
聖火台に着くとビルの約7階の高さから
グランドを見下ろす感じである。
雨上がりのグランドには人っ子一人おらず
シーンと静まりかえったこの場所。

会場を目の前にして、時が過ぎても
49年前のオリンピック開催の歓声と
世界の選手達と観客達がこの大舞台で
ドラマを作ったのが伝わってきます。
ブルッと身震い!!

競技場全体は、雨上がりでしっとりしていて、
新宿の高層ビルの上層部は雲の中でした。
ガイドさんのお話によるとこのような光景は
今までにあまり見なかったようです???

私は、この静かな競技場、グランド、周囲の景色と
空模様の絶妙なバランスがステキでした。
壊すのはもったいないね〜〜と妻と語る。
良い時期に見られて、良かったなあ〜と感激です。

グランドに降りては、8レーンあるコースを走って見たり、
芝生の感触を手で触ったり、貴賓室のソファーに座ったり、
選手のシャワールーム見学など
90分の競技場見学で感動しました。


                             「洋」
  「11月トーク」                平成25年11月1日


「さいたまクリテリウム byツールドフランス」

<観 戦>

(2013.10.26 フランスの感動「さいたま」に!!)

27号、28号のダブル台風が関東地方へ近づいて来ている。
決行か? 中止か?
悩まされるところだが、
25日午前9時決行することになる。
大会関係者も大変だ!!

世界最高峰の自転車ロードレース
「ツール・ド・フランス」の名称を冠した大会として
フランス国外初の
「さいたまクリテリウム byツールドフランス」
さいたま市など主催さいたま新都心周辺でおこなわれ
約20万人の観客が世界トップレーサーの力走に酔いしれた。

大会は公道を使った1周2700mの周回コースで、
高層ビルの谷間を世界のトップ選手が時速60km超で駆け抜けた。
海外8チームの32人と国内23人の計55人の選手が参加した。


午前10時30分ごろ
私と家内は大勢の人人人の中をレース会場に着く。
風はないけど、雨足は時折強くなる。
ポイントレースが始まるが、
コースの両サイドは人垣と傘の花で、
小雨に濡れながらのカメラとビデオの撮影も大変だった。
レース模様を見るのも
人の頭ばかりで背の低さが悔やまれる!

午後になると雨も上がり太陽が出る。
クリテリウムが始まるとさらに人、人、人が溢れ
20万人だそうでこんな人垣初めて見る。ビックリ!!
老いも若きも来ている!!

ツードフランスのビデオの映像が
現実に目の前を走っている。
感動と興奮。
一瞬ほんとかいな?!

サポートカー、オートバイが走り、
ロード選手がスピードを上げて集団で周回する。
空にはトリコロールのヘリコプターが旋回して、
レースの模様をキャッチしている。

約5時間、雨と人の中を立ったままの観戦。
昼食もとらず、ちょっと疲れ気味。
メーンレースのクリテリウム周回20周は
あまりの人の多さに終了後の混雑を考えて
途中で引き上げる。

だけど体の中からしびれる感動の余韻は
帰ってきた今もまだ続いてる・・・
行って良かった〜

 優勝:クリストファー・フルーム(英国)
 2位:ピーテル・サガン(スロバキア)
 3位:ルイ・コスタ(ポルトガル)

 別府央之: スプリンター賞と敢闘賞
 新城幸也選手は振るわず49位


                             「洋」
  「10月トーク」                平成25年10月2日


「第46話 自転車屋人生の思い出」

(東京オリンピック)

2013年9月8日(日本時間)
「ブエノスアイ共同」
2020年の第32回夏季オリンピック大会の
開催都市選考で東京に決まる。
(二度目56年ぶり)

1964年第18回オリンピック東京大会
=自転車競技のモノクロ写真集より=
今から49年前のできごとを懐かしく見ている。
先の人達がご苦労されたことで、この舞台を作り、
選手達が感動を与えている。
その様子が伝わってきます。

自転車競技の花、個人ロードレースは最終日、
1964年10月22日。

色とりどりのユニホームで、
スタート附近はまるで花が咲いたようだ。
1周24.354kmを8周する計194.832kmの
八王子ロードレースコース(甲州街道)
1国4名45ヶ国132名の参加・・・完走86名!

この時代のレースでは、
今のようにヘルメット姿はなく、
選手達はサイクルキャップとカスク、
半数以上が無帽である。
しかし、人の姿や顔の表情などよく見えて、
路上でのドラマが生まれている。
また乗車フォームがとても綺麗である。

「記禄」
  1位:ツアニン(イタリア)
  2位:ロディアン(デンマーク)
  3位:ゴーデフロート(ベルギー)

 12位:メルクス(ベルギー)
 33位:ジモンデイ(イタリア)
     オリンピック後にこの二人は
     ツールドフランスなどで、大活躍する。

 36位:大宮(日本)
     ゴールではトップからおくれることわずか15m
     競合相手に大宮選手は集団に巻き込まれて、
     落車しながらも大活躍する。


                             「洋」
  「9月トーク」                平成25年9月1日


「ロードレーサーの再生」
 
1980年代のクロモリフレームで使い込まれたロード!!

時間が過ぎても思い出ある愛車、
通勤使用で疲れた表情のフレーム!

新車当時を再現するため、
オーバーホールとフレーム修正、塗装、マークなど再生する。


                             「洋」
  「8月トーク」                平成25年8月1日


「インテグラルヘッドのがた」

トライアスロンで使い込まれたロード!!

ハンドル操作性が悪いのと、
ヘッドに「がた」がでていたため分解する。

ベアリング回りの錆がひどく、
カーボンフレームが可哀相!
フレーム、フォークを洗浄して、
ベアリングに「がた」がでていたので取り替える。


                             「洋」
  「7月トーク」                平成25年7月1日


「フェンダー修理」

乗り込むほどに愛着がわく自転車!!

アルミRフェンダーに2カ所ほど亀裂が入って
切れ落ちる寸前である。

この古さが自転車となじんでいるので、
これを取り替えなくて、
裏から補強板(同じフェンダー素材)をあてて
ドリルで穴を開けて、加工修理する。


                             「洋」
  「6月トーク」                平成25年6月1日


「Reneの大掃除」

チェーンホイール!!

トリプルギヤ
50−42−30Tー165mmを分解して
(クランク抜きは特殊工具!)

1960年代のReneメンテナンス。
・・・油と埃(ほこり)の蓄積による
よごれが付着していた。

手間と時間をかけて、仕上げる。
やりがいのある仕事である。


                             「洋」
  「5月トーク」                平成25年5月2日


2013年4月15日〜16日
「いいとこ 見ーつけた」
西海市崎戸島まで輪行サイクリング!!

15日
天神バスセンターから西鉄高速バスで
午前6時20分発〜佐世保駅終点
午前8時17分着。

輪行袋を担いで港ターミナルまで歩き、
瀬川汽船8時35分発にぎりぎり間に合う。
横瀬西まで15分の船旅は2人だけの貸し切りだった。

左右に軍艦や島々の新緑と青い海を見ながら
船は白い水しぶきをたてながらスピードを上げて走る。
とても気持ちがいい!!

横瀬西港で輪行袋から自転車をとりだし
家内と組み立て、202号線を大島大橋へと走る。

昨日までの天気は雨風が強い一日だったが
今日は風もなく、青空のとても良いサイクリング日和になる。
大島造船所のクレーンと大島大橋が眼前に迫り
海の色とのコントラストがとてもきれい!!

昼食は造船所近くの
「海、船、そしてロマン。--OliveBayHotel」のレストランで!
新しく建て変わりオープンして3日目である。
ホテルの玄関が借景の額縁となっており、
あまりの素晴らしさに疲れも吹き飛び
最高のロケーションの中での食事。
心満たされる。

海沿いのサイクリング道路を走り、
横尾峠を越えて、
蛎浦島〜ア戸島の「ホテルア戸」の
北緯33度線展望台まで走り、
地球は丸いと感じる。
御床島は潮が引いていたので
途中まで岩づたいに歩く...

目標達成。

今日のお宿はア戸島「島宿オープンハウス桜櫻」
午後5時着。
自転車で走った距離は58km。

早速お風呂に入り今日の疲れと汗を流す。
風呂上がりに、宿のご主人さまの車の運転で
夕日の観れる所を案内していただく。
春は霞がかかり少しにじんでいた。
夕食は新鮮な魚と料理で美味しかった。


16日
昨日に続き今日も天気はまだよいようだ。
少し風は出てきたようだが?・・

午前9時10分旅館をスタート。
ア戸資料館を見学し炭鉱の規模の大きさに驚く。
大島〜西海の旧道〜202号走り西海橋目指す。
午後12時20分、
西海橋につき「橋と渦潮と針尾無線塔」を眺める。
渦潮は大潮も過ぎており見れない。

これまでのコースは、
海岸線も複雑な所で自然がいっぱい。
自分の足でこぎ移動できて、
心も体もバランス良く気持ちいい〜
昼食は近くのコラソンホテルで。

最後にハウステンボス駅まで・・・
この道は走りにくい所が多かった。

今日走った距離43km。
午後3時ハウステンボス駅着、輪行袋に収めて
午後3時48分発ハウステンボス22号で博多へ・・

今回の輪行の旅は、
自転車、タクシー、バス、
電車、船、JRハウステンボス号
を乗りついでのサイクリングを楽しめた
お薦めのコースです。


                             「洋」
  「4月トーク」                平成25年4月2日


「孫と輪行ピクニック」

ペタルなしの自転車を輪行袋に入れて
JR博多駅で孫たちと待ち合わせて
海の中道海浜公園に行く。

香椎駅で西戸崎線にのりかえて海ノ中道駅下車。
公園内をペタルなしの自転車で
孫二人に乗り方の練習をさせるけど
途中から補助付き自転車を借りて乗り出すと
ペタルなしの自転車には乗ろうとしない。

しかし帰る頃にはハンドルのバランス取りと
ペダルの踏みこぎが上手くなっている。
子供は上達が早い!!

春の日差しの下で(海風は強い)
弁当がとてもうまい・・・
午後から動物の森など広い園内を楽しむ・・・

帰りはマリンワールド〜
ももちマリゾンまで(海の中道航路)
20分の船旅は我が家族だけの貸し切り状態で
¥1000は安く感じる。

博多湾を一周した一日を過ごす。
近くて手軽に楽しめる所がありますね・・・


                             「洋」
  「3月トーク」                平成25年3月2日


「第45話 自転車屋人生の思い出」

(音がでる原因について その1)

自転車に乗っているとき、
音が気になることがある。
その異音の原因を見つけるのに、
わかりにくいときがある。
いろんな角度から調べ試乗してみる。

今回、前車輪から音がでるといわれて、
調べるとホイールがふれて
タイヤがホーク足にすれていた。
修理して解決!!

で、試乗してみると??
言われた所とは別に
ペタルをこいでいると音がする。

調べてみると、
チェーン継ぎ手のピンが切れかかっていた。!
ここのところは本人は気づかずに乗っていたようだ。
定期点検の必要性を実感する。


                             「洋」
  「2月トーク」                平成25年2月1日


「手作り革付き裾留めクリップ完成」

自転車に乗るとき、気になるのは右足の裾!!
ギヤに巻き込まないか?
裾が油で汚れないか?
といつも気になっていました。

簡単に脱着できて、実用性があり、
体に違和感なく、綺麗であること!!
これらをクリアーできないかと・・・

そこで考えたのが特殊バネ(緩まない)の
ニッケルメッキ仕上げクリップ。
それに革で手作りのカバーを付けました。
(お好みの色でオーダーできます)

私が永年気になっていたのが、やっと出来ました。・・・
テストに繰り返し使ってみて、とても調子良いです。
裾から外したときはリストバンドにすると
オシャレ感もあり(特に革付き)
無くすこともありません。
とても気に入っています。

女性のリストバンドにしてもステキですよ!
プレゼントにも喜ばれそうです!!。


                             「洋」
  「1月トーク」                平成25年1月1日


皆様、新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

「第44話 自転車屋人生の思い出」

(昭和の時代の工具たち No.10)

昭和50年1月から使用していて、
今も役に立っています。


                             「洋」


写真上 フランス)VARボスフリーロックリング、抜き締め工具

写真下 フランス)VARフェンダー未加工、穴開け工具
  「12月トーク」                平成24年12月1日


「第43話 自転車屋人生の思い出」

(昭和の時代の工具たち No.9)
小型空気圧縮機(コンプレッサー)
日立製作所製造
形式・SP-5S4

1967(昭和42年)から使用しています。
45年過ぎても、空気を入れ続け壊れない。


                             「洋」
  「11月トーク」                平成24年11月1日


10月15日〜18日
「琵琶湖一周サイクリング」
(戦国歴史の地を見学しながらマイペースで)

15日
家内と二人で新幹線
博多駅午前6:00発---京都8:51着。
快速に乗り換え石山駅で下車。
輪行バックより自転車を取り出し組み立てる。
午前10時15分スタート。

琵琶湖一周へと歩行者、自転車専用道路を左回り。
強い風もなく、秋晴れのサイクリング日和である。
安土方面へ走り始めて40kmまでは
自動販売機などは何もありません。

安土城跡を見学。
天下統一を夢見た信長の居城跡の石段を歩いて登る。
標高199mの安土山一帯に
石垣や巨大な礎石などで造られた天主跡が今でも残り、
頂上からは安土の美しい風景が見渡せて
心地よい風が吹いていた。

今日のお宿は彦根のホテル
午後5時着。
走った距離(70km)


16日
午前8時35分スタート。
彦根城を見学、今日も上天気である。

彦根城は国宝400年の歴史
井伊直弼(いいなおすけ) 彦根藩の第13代藩主
関ヶ原の合戦ののち西国大名を迎える拠点
・・・2時間かけて城内〜玄宮園など見て回る。

長浜で昼食をとり、木之元方面へと進む。

途中、浅井三氏の居城小谷城戦国資料館を見学する。
戦国の舞台・北近江は
天下統一を目指す信長と
それを拒む多くの勢力が交錯したところ!
ここにかかわった人たち
織田信長・豊臣秀吉・浅井長政・柴田勝家
お市の方・茶々・初・江
とのつながりがよく分かり、
おもしろく勉強になりました。

木之本に向かい賤ヶ岳古戦場をリフトで登る合戦跡。
奥琵琶湖と余呉湖を左右に夕暮れの景色を眺める。
合戦で余呉湖が真っ赤に染まったそうだ。

山頂に疲れ果てた・・・武士像がいた。

今日のお宿は木之本。
午後5時30分着
走った距離(50km)


17日
今日の天気予報では
正午前から雨風ところにより竜巻
と悪くなるニュース!
それではと湖西線「近江今津駅」まで走れたらと思い
早めに荷造りする。

タイヤを調べると??パンク?
空気を入れるけど入らないので
26インチのチューブラータイヤを取り替える。

午前8時10分スタート。
今日〜明日のコースは湖畔西側を走るので、
途中は湖を見ながら走りに徹する予定。

・・・しかし
賤ヶ岳トンネルを避けたコースで進むつもりが
コースをまちがえてしまい往復12km 無駄走・・・

で、トンネルのコースに切り替えるが
歩道が狭くて850mのトンネル内では
音と大型車の風圧に巻き込まれそうな恐怖を感じるので
自転車のライトとテールを点滅しながら押していく!

R161号線を走り、
マキノあたりから少しづつ雨が降り出す。
休まず走っている内に新旭風車村までくる。
ここで一服しようかな〜?と思ったけど、
雨足が少し強くなってきたのでペースを上げ走る。
雨は気にならないようになる!!

ところが私のチューブラーがプシューとパンク!
ちょうど公衆トイレがあり雨宿りに良い場所があったので
接着剤をつけて取り替える。

今日のお宿は予約していないので、
いけるところまで行こうと家内と二人で雨の中を進む・・・
するとまたもプス〜!私のが・・3度目。
スペアタイヤを2本使用したので予備がない。
もう〜走れないなあ〜

・・・残念!!これまでか・・・

これも神の「これ以上走らない方が良い」
とのメッセージかもしれない・・・
今日家に帰ろう!!

運良く近くにある駅は「新旭駅」
そこまでパンクのまま6kmを乗っていく。
パンクは後車輪なので
体重をハンドルにかけて立ちこぎで走る。
リムは壊れてもよいと決めて・・・
今日走った距離は64km。

駅に着くなり輪行袋に自転車、荷物をつめて
濡れた衣服を着替えて京都駅へ。

新幹線午後6時30分発〜博多午後9時13分着
琵琶湖一周サイクリングは四分の一を残して
一日早く家に着く。
いつか制覇しよう!!

次の日、
例のチューブラーホイールを調べると、無傷である。
アラヤのエアロリムだったので
チューブラーがクッションになり無傷ですんだと思う。
ツールでもそのまま走るのに納得。
改めてまた勉強になった。


                             「洋」
  「10月トーク」                平成24年10月1日


「若戸大橋見学サイクリング」

9月18日(火)
輪行バックに詰めた自転車をバスに乗せて
博多駅に向かう。

午前6時45分の準快速門司港行き・・・
戸畑駅下車〜自転車を組み立てて、
旧松本家住宅の洋館を見学〜若戸大橋の方へ

私の生まれ故郷・戸畑の町並を見て回る。
若戸大橋開通から9月26日で満50年になる。
また9月15日には、若戸トンネルが開通したばかり・・・
若戸新時代の2本目の大動脈となる。

若戸渡船で自転車をそのまま乗せて若松に渡る。
約5分位150円でした(地元の人は100円)。
この渡船の歴史は古く、
1889年(明治22年)以前より運行され、
通勤、通学、市民の足として多くの人が利用されている。
近代的な橋やトンネルのできる中、
今では人と自転車を運ぶ。
重要な役割をはたしているな〜と思う・・・

船の中から若戸大橋・洞海湾を360度を見渡し、
北九州工業地帯の景色を眺めながら、
ゆったりした時間の流れが心地よい。

若松からは495号線を響灘を右手に見ながら、
途中より海岸線に近い道を探しながら進むと
行き止まりなどにあい、また新しい発見がある。

台風16号の過ぎ去った後なので、
63kmのサイクリングはほとんど向かい風になる!
芦屋町〜岡垣町〜宗像市と走り、
JR東郷駅より輪行〜博多駅まで。
午後6時には家路に。


                             「洋」
  「9月トーク」                平成24年9月1日


「くじゅう高原サイクリング」

8月21日
午前7時。
車に自転車を積んで
九重やまなみハイウェイへ スタート!

午前11時前に九重観光ホテルに着く。
温泉で一風呂浴びて食事。
午後は日差しが強かったので
車で日本名水百選の男池(おいけ)に行き、
豊かな水を育む黒岳の緑深い原生林の中を
「かくし水」まで歩く。

少し登っているけど自然の中を軽装で山歩きできる。
途中「生命の木」を見落とした。
湧き水は手が痛くなるほど冷た−い。

夜は降るような満点の星空を
家内は寝そべって見とれる。
星が大きく見えた!
空気もきれいだし海抜1000mの高さ関係か。
気温も10度位低い。
温泉も硫黄の香りと湯煙で
源泉そのものであるが熱くて加水。


22日
自転車に乗ろう。
夜中に雨が降ったのか、少し濡れた路面を
午前7時50分から家内とハイウェイを走る。

下りはペタルを踏まずに
風を受けながら気持ちよ−く走った。
東の空を見ると、
赤く染まって天気はいいのかなー
と思っていたら、ザーと雨!
山の天気は変わりやすい。

長者原〜飯田高原〜庄内へ。
また空模様がわるくなったので
雲の少ない方へ走るが、雨に濡れてしまう。

帰りは登り坂だ!
前方を見ないで前車輪の先を見る目線で走ると
家内でも「足をつかずにホテルまで登れた」と喜ぶ。
????

約24kmの朝のサイクリングをして温泉に入り、
11時のチェックアウト。

<追伸>
途中で「九州芸術の杜」を見つけて帰りに寄る。
榎木孝明(妻曰くステキ!)、大野勝彦、
中村道雄美術館、前田親子写真館有りで
とても良かった。
オススメ!


                             「洋」
  「8月トーク」                平成24年8月5日


「田子作一輪車と孫」

7月19日
孫がお世話になっている保育園にて
「保護者の一日体験」をする。

催しの中で私の子供が一輪車の芸をして
2歳〜4歳くらいの子供たちへご披露!
私は手伝いをさせてもらう。

小さな子供たちから沢山の笑いと好奇心が
手にとるように伝わってきました。
おかげさまで、
私まで子供になったようで楽しかったです。
子供はいいなー!!


                             「洋」
  「7月トーク」                平成24年7月1日


「第42話 自転車屋人生の思い出」
(昭和の時代の工具たち No.8)

スモールバイス。
ボール盤上での作業に使う!
小さなものに穴を開けたり、工作に便利


                             「洋」
  「6月トーク」                平成24年6月1日


5月2日〜7日
「東日本大震災と東京スカイツリー」
(震災後の現地をたずねて)

連休を利用して家内と羽田まで・・・
空港まで子供が車で迎えにきてくれて
大雨の中、東北地方へ向かう。

3日間で、震災から1年2ヶ月になる被災地
(陸前高田〜気仙沼〜南三陸町〜石巻港)を訪ねた。

高速道標識には大雨洪水暴風波浪警報発令中!
現地に着くと車から降りられないような風雨で
車窓から見たり、小雨になると車から降りて見る。
3.11のときから映像で見てきたことが頭の中をよぎる。

今!その現実の場を見てただただ驚くばかりです。
まず、わーすごいなーの言葉しか出ませんでした。
がれきの山が至る所にあり、
自動車の山、
全焼した3階建ての小学校など、
まるで終戦直後のような感じです。

また、町ごとなくなった所や、
家の基礎だけや
ビルの鉄骨だけが残っていたり、
地盤沈下で広い水たまりなど、
改めて地震と津波の恐ろしさを
肌で感じさせられる光景です。

今この場所で生活ができるような状態でないことが
広い範囲に見渡される。
とても心が痛む惨状である。

また、津波に遭っていないところの家が
周りに建っているのを見ると
何か不思議な感じがした。

車で走った3日間の被災地の様子は
とても考えさせられることとなりました。


5日〜6日
東京に戻り、開業前のスカイツリー見る。
ここは別世界、さすがに世界一のツリー。
圧倒される。


今回の旅では、今生かされている自分、
いつ災難が降りかかるかわからない現実を
自分の目で見ることができました。
東北の一日も早い復興を願っています。


                             「洋」
  「5月トーク」                平成24年5月1日


第41話「自転車屋人生の思い出」
(BEタイヤについて)

BE(ビーデットエッジ)タイヤ、
引掛式タイヤとも呼ばれる。
リムの耳部に引っ掛けて取り付けられる。
チューブのパンクなどで空気圧を失ったときにも
リムから脱落しない特長があり、
1960年ころまでは
日本、中国、韓国、フィリピン、ビルマ(ミャンマー)などでの
自転車用タイヤの主流をなしていた。

日本では、実用車、運搬車などにとりつけられていて、
当時のタイヤはベルトタイプもあり、
取り付けにはとても苦労したもので
手の指の皮や爪などすり切れていました。
(55年前の話)

今回、BEタイヤの取り替えを久しぶりする。
感触はわすれられない!

今の製品は柔らかくなり、
取り付けが楽になっています。


                             「洋」


BEタイヤとリム!


BEタイヤを取り付けているところ!
  「4月トーク」                平成24年4月1日


第40話「自転車屋人生の思い出」
(めっきり少なくなったコッタードのギヤクランク)

作業について・・・
コッターピンをたたきだすことで、ピンがぬける。
ところが手際がよくないと、ピンのねじ山をつぶす!!

実用車時代に沢山の仕事をしてきたため体が覚えている。
ベアリングもボール玉(摩擦抵抗が少ない)なので
取り付けの密度を要求される。

フレームBB部の左右精度が良くないと
回転がなめらかにならないし、
回転摩擦抵抗部が虫食い状態になりやすい・・・

自転車は奥が深い。
知れば知るほどおもしろくなる。
まだまだ勉強中です。


                             「洋」


コッターピンを取り外したところ!


BBを分解したところ!
  「3月トーク」                平成24年3月1日


「第39話 自転車屋人生の思い出」

(昭和の時代の工具たち No.7)
作業スタンドについて

フレームに組み付けるパーツとして、
ヘッドパーツ、BB、チェーンホイールなど
圧をかける作業に最適・・・
また完成車の組立整備などに!!


                             「洋」


ア)CYCLE VISE
アメリカンスタンド!


ア)Parktool
DXリペアスタンド!
  「2月トーク」                平成24年2月1日


「第38話 自転車屋人生の思い出」
 
(昭和の時代の工具たち No.6)
ボール盤について

最近では工作仕事がめっきり少なくなりました。

70年代は軽量化のため、
アルミ製品などをより軽くするため、
チェンリング、クランク、ステム、
ディレーラー、サドルなど
デザインと強度を考えながら穴を開けて
個性をだしながら楽しめる作業でした。


                             「洋」


SHINKO ハンドドリル!


日立工機 B6S卓上ボール盤!
  「1月トーク」                平成24年1月1日


新年あけましておめでとうございます
今年もどうぞよろしくお願いします。

「タンデム車ホイール組立について」
(持ち込みリムとハブで手組する)

作業のあらまし
1)フロントとリアーはリムのホール数がちがう。
2)フロントとリアーとハブのホール数と左右フランジ径がちがう。
3)フロントとリアーとどちらもオフセットある。

そのためフロント32Hの6本組、リアー36Hの8本組とする。

総てバラバラで、スポーク長のデータがないため、
今までの経験で、仮り組状態から始める。

リムは鳩目なしのためニップルが中空リムの中に落ち込む・・・
そのため、手間と時間のかかる作業でした。


<データ>
リム・・XKEYMET700Cー633チュブラータイプ
 高さ:26mm/幅19mm

フロントハブ・・KUWAHRA32H
 左フランジ幅=67mmディスクブレーキ
 右フランジ幅=54mmスモール
 オーバーロックナット寸法=100mm

リアーハブ・・シマノXT36H
 左フランジ幅=54mmスモール
 右フランジ幅=53mmスモール
 オーバーロックナット寸法=135mm

スポーク・・  フロント左側14-283mmmm:右側14-286mm
 リアー左側14-294mm:右側14-290mm


                             「洋」
  「12月トーク」                平成23年12月1日


第37話「自転車屋人生の思い出」

(昭和の時代の工具たち No.5)

イタリアのポンプといえばSILCA。
高圧に耐え、エアをチューブに
確実に送り込むことができます。

30余年、構造そのものが不変であることが
古いポンプでも、補修部品があり、
きっちりメンテナンスできる。

以前はCOLUMBUSのスチールチューブが使用されていたが、
現在ではアルミチューブに変わっている。


                             「洋」


写真はSILCAポンプ!
  「11月トーク」                平成23年11月1日


2011年10月17日〜18日
「輪行サイクリング」
天草の夕日を見に行こう!!

一日目は・・・
西鉄薬院駅午前7時32分発〜大牟田終点まで。
朝の通勤ラッシュで久留米まで輪行袋と立ちんぼ・・・

大牟田駅からバスで三池港へ。
< 島原港着は9時40分。
自転車を組み立て、島原半島東側を走る。

雲が出て太陽に照らされずに走りやすい。
普賢岳を右手に見ながら口之津港へ12時30分着。

港近くの食堂で昼食をとり
13時15分発のフェリーに乗り
鬼池港へ〜〜(時間通りに行く)

約30分の乗船で天草下島へ渡り、
今日のお宿下田温泉へ向かって走り
奇麗な海岸線の苓北町あたりで一休みする。

偶然にも岡野味噌さまの店先だった。
そこのご主人に手作り味噌の話や美味しさを聞き、
家内も手作りしているので話が盛り上がった。

お土産に手作りのはぶ茶をいただく。
有り難うございました。美味しいです

午後3時50分泉屋旅館に着き、
今日自転車での走行距離は69kmでした。

まだ日が高いので近くの滝を見学。
午後5時ころから下田温泉海岸より西の空の夕日を眺める。
あいにく曇り空になってきたけど
時折雲間から奇麗に顔を出し見られた。


二日目は・・・
旅館を午前9時スタート。
国道24号線の山岳コースをクリアーして
(思ってたよりは走れた)
昨日走った島原半島を左に見て上島本渡港に向かうが、
途中、北東の風が行く手をさえぎる。

昼食は味千ラーメンで一息!
前島船乗り場に午後3時着。
ここで自転車走行は終わり。
走った距離は59km。
二日間で128km走る。

自転車を袋に収めて16時36分のシークルーズ。
高速船で三角まで乗る。
船首のデッキに出て強い風と波しぶきを受け、
吹き飛ばされないようにお互いの足を持ち、
家内と私は童心にかえってカメラのシャッターを押す。

タイタニック映画のワンシーンと重ねて気持ちが高ぶる!
(これは楽しかった。)

左右前後の島々の美しさにしばし見とれる。

三角駅を午後5時4分発〜
熊本駅より新幹線で博多駅着。
午後7時21分。

今回の輪行の旅は
自転車、タクシー、バス、電車、船、気動車、新幹線
を乗りついでのサイクリングを楽しめた
お薦めのコースです。


                             「洋」
  「10月トーク」                平成23年10月2日


「みたことない!チェーン」

私も長年自転車のチェーンについて調べたり、
数多く取り替えたりしてきましたけど、
これほど摩耗したチェーンには
お目にかかったことがなく、
今後もないと思います。
参考品として保存していました。

今から約20年ほど前に、
日本一周されておられた方のMTBで、
当時、フリーハブ、カセットギヤ、
フロントチェーリングを取り替えて、
これから沖縄へ行かれるとのことでした。


                             「洋」
写真はこれ以上摩耗できないところまで使いこまれたチェーン


摩耗したチェーン
(ギヤとチェーンのすきまが大きい!)


新しいチェーン
  「9月トーク」                平成23年9月1日


「普通自転車のハブについて」

普通自転車の後輪スポーク1本折れからの仕事
(ハブはローラーブレーキつきの外装7段のもの)
リムの振れも大きいので、
スポークとリムを取り替えることにした。

ここまでくると、ハブを分解してグリスアップも、
と思い分解して見ると、
ハブフランジが折れているのがわかる。!

乗車中はハブ軸とベアリング玉押しで固定されているので
折れているのがわからない!


                             「洋」
写真は新しいハブに組み立てたホイールとフランジが折れたハブ
  「8月トーク」                平成23年8月6日


7月18日(海の日)
「真夏のレディースサイクリング」
山の方へサイクリング!!

サイクリングは自然と一体感を親しむスポーツとして
健康つくりと基礎的なことをマスターしながら・・・

まだなじみが浅い女性の方には、少しづつ経験をつんで、
変速のこと、安全な乗り方など体感していただき・・・
今回はいけるところまで行ってみようと
少しきびしいコースを設定!

長住のお店を午前7時スタートし、
やよい坂〜現人橋〜農道を走る。
このあたりからはのどかな田園風景
(現在に活きる古代の人工水路、案徳台)がつづき
暑さも心地よいペタリングとなる。

中ノ島公園で一休み!
家族と一緒に小さな子供たちが浮き輪につかまったりして
楽しそうに水遊びをしている。

ここから坂道が続く・・・

南畑ダム〜五ケ山ダム建設予定地〜東脊振トンネル〜
目的地の道の駅吉野ヶ里で一休み。

台風6号接近中で佐賀平野の視界は少しづつ悪くなる。
帰りも同じコースを走り、
午後1時ころ帰着。
55km走りました。


                             「洋」
写真はダムの湖底になる風景と東脊振トンネル開通5周年
  「7月トーク」                平成23年7月1日


「ツーリングでのできごと」
(ランドナーリムの摩り切れ)

1986年から使用されているランドナー。
ちょうど25年になる。

年齢も71才になられ、
今も元気に日本のあちこちを旅されて、
今回の旅の後半に大きな音を立ててパンクする。

見てみると、
ブレーキ当たり面のリムが裂けた状態になっていた。
もうトータル5万kmは走られておられるそうだ。

そこでリムとスポークを組み替える。
ハブはまだガタがなく、グリスを入れて調整する。
組み替えて試乗されると、
ふらつきがなくカッチリした走り!

まだまだこれからも走れそ〜!
手応えのある仕事でした。


                             「洋」
写真はここまで使い込まれたリム
  「6月トーク」                平成23年6月1日


第36話「自転車屋人生の思い出」

(昭和の時代の工具たち No.4)
1978年から使用している
伊)CAMPAGNOLO
木製トランクケース入りコンプリートツールセット!

工具の一点一点が全部使用個所に応じた専用工具です。
クロモリフレームにパーツ組み付けには
最高の精度で仕事ができます。


                             「洋」
写真はカンパの工具セットと作業中!
  「5月トーク」                平成23年5月1日


「輪行サイクリング」

2011年4月4日〜5日
{自然がいっぱいの佐賀県を楽しむ!}
(この二日間雲ひとつない快晴)

一日目は・・・
新しくなったJR博多駅より輪行車を持ち込み、
午前6時30分発熊本行き普通列車。
(外の景色がよく見えて良いが通勤者で空席なし、
 みんな早いなーと感心する)

鳥栖駅で早岐行きに乗り換え肥前鹿島駅下車。
自転車を組み立てて、
家内と二人のサイクリングが始まる。

41号線を走り始め、気持ちよい青空の下、
草花を目にしながら嬉野温泉〜鳥越トンネルを出ると
正面に吉田の百年桜が見えてくる・・・つもりだったが、
今年はまだ寒いせいかつぼみ状態で残念だった。

しかし、庭木ダム周辺の桜は桜、桜、桜で満開。
とても見ごたえのある光景でした。
(是非一度行って見る価値有り)

花に誘われて計画コースより少しはなれてしまう。
1号線を走り波佐見町へ。
中国料理SYUNKIで昼食をとる
(初物のタラの芽天ぷらをサービスしてくれた)。

小高い丘の上にある波佐見焼き物公園を見て
(いろんな焼き物釜がある)
家内はスープカップを2客買い求めて
三川内へと走り、焼物美術館を見学。

三川内駅で自転車を輪行袋に収め、JRで武雄温泉へ。

お宿は大衆浴場旅館楼門亭
(一泊朝食付き¥5500リーズナブルな値段。お薦め!)
お湯はとても良い。
夕食は外にでる。

<コース>
嬉野〜波佐見〜三川内〜武雄
今日自転車で走った距離は約42kmでした。


二日目は・・・
旅館の外で太陽の日差しを浴びながら
自転車を組み立てる。
午前9時スタート。

武雄温泉近くの蓬莱山廣福寺を見学。
国指定重要分化財「木造四天王立像」鎌倉時代の作品。
今までよく保存されているなあ〜と感心する・・・
また歴史の勉強になりました。

今日のサイクリングコース
330号〜345号〜36号〜444号と
田園風景を前後左右眺めながら
(変化のない風景も疲れる)、
佐賀駅に向かってひたすら走る。

48号〜54号〜207号〜264号と走り
佐賀駅に12時40分到着。
分解して袋に詰めJRで昨日と同じコースを博多駅へ・・・
今日は約40kmのサイクリングでした。


                             「洋」
  「4月トーク」                平成23年4月1日


「ホイールのハブ玉あたりについて」

前回にもホイールについて語りましたが
今度はハブについて感じたことを!!

ハブの精度によっては
転がり抵抗も大きく変わるものです。
使用状態または頻度ではそれぞれ違いますが、
2年に1度位は点検をして
グリスアップと玉あたり調整をすると良いでしょう。
(ボールベアリング式ハブでは精度が良いほど
 玉あたりの回転密度は説明できないほど高いので
 オーバー・ホール組立には手加減感覚が必要です)

そうすることにより
ハブ皿、玉押しの虫食い(キズ)を防ぎ、
いつまでもなめらかな回転により、
走行感が気持ちいい〜と伝わります。


                             「洋」
写真は、ハブ体・ベアリング・車軸!
  「3月トーク」                平成23年3月5日


「第35話 自転車屋人生の思い出」

(昭和の時代の道具たち No.3)
振取台(WHEEL TRUING STAND)のこと

1955年(昭和30年)ころから使い続けている振取台
ホイールの組立を行うスタンドです。

上部左右のボルトでハブ心を固定し、
リムを回転させながら、
リムのタテおよびヨコ振れの点検、調整をします。

長年使い込まれた工具なので
ネジ部はすべて、がたがでていますが、
まだホイール組立精度はバッチリ!!

この工具は
リヤカーのホイルから実用車の
車輪組立て用として活躍していましたが、
スポーツ車が現れてきて、
ロードレーサー、小軽車ホイールまで
作業ができるように改造しています。


                             「洋」
写真は、先輩から譲り受けた振取台!
  「2月トーク」                平成23年2月7日


第34話「自転車屋人生の思い出」

(昭和の時代の道具たち No.2)
縦バイス(万力)のこと

昭和30年代までは
自転車屋さんで良く使われていた縦バイス。
今の自転車屋さんでは見られなくなりました。

当時は実用車が主で、
フレームやホーク修正、またヤスリ掛けなど、
金属加工に使用していた工具には
箱バイス(テーブルバイス)もありました。


                             「洋」
写真は先輩から譲り受けたもので、
約60年前から使用されていた縦バイス!
  「1月トーク」                平成23年1月1日


新年あけましておめでとうございます
今年もどうぞよろしくお願いします。

第33話「自転車屋人生の思い出」

(昭和の時代の道具たち No.1)
パンク修理のこと

今から50年ほど以前では
BE(引っ掛け式)タイヤがほとんどで、
真冬のパンク修理はとても大変でした。

指先はかじかんでしまい、思うように動かないのに、
道具は使わせてもらえず
素手の手作業でタイヤを外したり、入れたりで
16才、まだ大人の手になる前の柔らかい指先は、
あかぎれやひび割れでゴツゴツの
固いタイヤレバーのようになる。
(辛かった修業時代)・・・

その後、
店を開店し3年を過ぎた今から40年ほど前には
ガソリンスタンドの下請けで、軽四輪車のパンク修理をする。
大きなタイヤレバーで1本1本タイヤを外す力仕事。
特に年末31日(大晦日)に数本の修理が重なり
夜遅くまで大変でした。
若さと馬力でやっていたんですね。

その頃、
パンク修理に使う大きな水調べ容器が必要となる。
当時中学生の(14才)ロードレーサー大好きで
乗車テクニック抜群、
またメカにも詳しく好奇心旺盛な少年が
お店の手伝いによくきてくれていました。

そこで「容器は父に作ってもらいましょう!」
即答「お願いしま〜す。」

その子のお父さんは戦時中零戦を作ったり、
戦後は建築板金のお仕事をされ、
神社の銅板の屋根ふきなどされた方で
超一流の腕前。

一枚の真鍮板から
型どりやハンダ付け作業等で仕上がる。
水はもちろん一滴も漏らず、
真鍮の光り輝く立派な出来映えでした。
(今も健在!!)

お陰様で大きいチューブも検査しやすい環境になりました。
今日のように文明が進んでいても、
空気漏れの検査はチューブを水につけて泡がでるのを調べる!
ちょーアナログの手作業です。

そんな仕事も今はしなくなり、
大事に保管しております。


                             「洋」
写真は40年前の手作りパンク修理に使う水調べ用器
  「12月トーク」                平成22年12月1日


「いびがわマラソン」

私の子供がハーフマラソンに参加する・・・
ご招待で岐阜まで。
私と家内でマラソン見物にでかける。

いびがわマラソンは、
岐阜県揖斐郡揖斐川町でおこなわれ、
揖斐町などが主催するマラソン大会である。
1988年(昭和63年)第1回大会が始まり
毎年11月の第2日曜日に開催されている。

ゲストに金メダリストの高橋尚子さん(Qちゃん)と
西田ひかるさんが応援に!!

マラソンに参加される人は
北海道から九州までの人たちで1万人以上・・・
駐車場スペースも広範囲に何ヶ所も・・・
参加者や家族や応援の人たちを
シャトルバスで会場までピストン輸送・・・
仮設トイレの多さにはビックリ。
それでもスタート間近になると
用を済ませるため長蛇の列・・・

また地元の飲食店や、おみやげ品店、
屋台などが出店し、おおにぎわい・・・
お祭りである。

フルマラソン(42.195km)と
ハーフマラソン(21.0975km)の2コースが設定され、
日本陸上競技連盟公認の
揖斐川沿いを走るコースで競われる。

またウォーキング(3km)コースもあり、
応援の家族や町内の人たちなど
約2000人以上の人たちが参加。
私と家内も参加する・・・

景色を見ながらゴールすると、
北海道の馬鈴薯と
大きな鍋で作られた豚汁が振る舞われた。
美味しい!!

沢山の人で埋まった会場では、
そろそろマラソン参加者がゴールしてくるのでは?
と移動が始まる。

ゴールには雛壇の観覧席もあり、
人山の中へ私たちも・・・
参加者が次から次へゴールしてくる。

そのなかにQちゃんが
ゴール300〜500m手前ぐらいから
何度も何度も参加者の手を引いたり、
一緒に走ったりしてゴールする。
サービス精神旺盛な
ほほえましい光景を目の当たりにして
彼女の人柄に、心あたたまる。

夜は平湯温泉へ。
山には雪が。
宿にも残り雪・・・


                             「洋」
写真はマラソンスタートとウォーキング
  「11月トーク」                平成22年11月1日


「ホイール(車輪)のことについて No.2」

手組ホイールはクモの巣(網)に学ぶ!

実用車のホイールなど
1958年ころから数多く組み立てているうちに
使用頻度によってはリムの曲がりや
スポークの折れなどがあり、
なぜ折れるのだろうかといろいろ考える・・・?

プレーンスポークでは
No.15、14、13、12番とあり、
スポークの大きさやニップルのゆるみ、
しめすぎ等もあり、
組み方も、ハブとホール数の関係などで
ラジアル、1交差、2交差、3交差、4交差
といろいろやってみる・・・

そこでヒントになったのがコレダ!1!2!3!

「クモの巣(網)」

よくよく観察してみると、
小さなクモ網から大きなクモ網、
それぞれ餌をとるための仕掛け。
網が強すぎると破れるし、弱すぎると逃げる。
クモの巣には強さ弱さに柔軟性がある!。

そこで手組ホイールについて考えると!!
リムには・・・
重量、強度、ホール数、サイズ、BE、WO、
クリンチャー、チューブラーなど、
いろんな種類がある。

ハブには・・・
クイック式、ナット式、蝶ねじ式とあり、
これらのタイプの中には
スモール、ラージ、ハイロー、ボス、カセット、
ピスト、ダイナモ、コースターなどがある。

スポークには・・・
線の太さ(直径)、材質(硬鋼線、ステンレス鉱泉)
プレーン、段付きスモークなどいろいろある。

ニップルには・・・
黄銅線、快削鋼線、アルミニューム線などがある。

乗り手の使われ方、体重などを考えて
リムの強度にあわせて組み立て方が違う。
強さ弱さに柔軟性を持ったホイールを作ることで
乗り手が満足する乗りやすいホイールができあがる。

チョー、アナログですけど・・・
ツーリングには最適のホイールが完成!
楽しめますよ!!
手加減の仕事ができる喜びを感じるところです。


                             「洋」
写真はクモの巣

  「10月トーク」                平成22年10月1日


「ホイール(車輪)のことについて No.1」

最近では各ブランド、各車種、完組ホイール花盛りの時代!
私は手組みホイールにこだわって組立て続けてまいりました。
同じフレームでもホイールによって
ずいぶん乗った時の感触が変わるものです。

まずは用途にあった自転車選びから始まり・・・

ロードレーサー
スポルティーフ
ランドナー
パスハンター
プロムナード
キャンピング
マウンテンバイク
ミニベロ
ピスト
       など

いろいろ自分の使用目的によって車種も変わるものです。
乗り込んでいくうちに何か物足りないものがわかってきたとき、
ホイールのことを思い出してください。

スペアホイールを持つことによって
きっと1台で2台の楽しみができると思います。

過去25年間の当店、
手組ホイールのスポーク長のデータをもとに経験を生かして、
いろいろなリム、ハブ、スポークの種類など
バランスのとれたオリジナル手組ホイールが作れます。


                             「洋」
写真は木リムホイール

  「9月トーク」                平成22年9月5日


「歴史を伝える思い出の実用車」

NHKテレビドラマ(ゲゲゲの女房)に登場してくるような
自転車の整備をする!

今から約40年前の丸石実用自転車。
見るなり自転車がかわいそう!!
とても痛みがひどくて早く直してやりたい、
と私の体がすぐに反応する。

このような修理になると、
考えるより先に体の方が動く感じだ。
奥さん曰く「あなたの目が生き生きしてる」そうだ。

以前よりも乗りやすくなり、
ディスプレイしたくなるような仕上がりとなる。
いやいや満足だ!!

おかげさまでいい汗をかきました。
これからも大事に乗ってください。


                             「洋」

整備する前

整備した後
  「8月トーク」                平成22年8月1日


「第32話 自転車屋人生の思い出」

「ゲブゲブコースさいくりんぐ」

今から33年前、
中学生の少年達と苦しんだ
サイクリングコースを走ってみる。

当時の自転車は26×1 3/8インチタイヤと
フラットハンドル5段変速が主流で未舗装ありで、

あまりの苦しさにゲブゲブコースとなる。

今は道路事情も昔と変わっているけど、
まだ面影も残っているところもあります!

7月19日(猛暑日)
午前7時スタート。
コースは、
長住〜曲淵ダム〜糸島峠〜末永〜筑前深江〜二丈鹿家
〜鏡山は登らず〜七山〜観音峠〜北山トンネル〜北山ダム
〜三瀬峠〜那珂川〜長住 午後5時着・・・
(走行距離126km)

思い出のコースをロード三人、MTB一人。
途中でパンク車もあり、
普段あまりトレーニングしていない人や
山岳コースは初めての女性と三つの峠を走る。
最後の三瀬峠で三人は自転車を押して登る。

あまりの暑さで川で顔を洗ったり、手足を冷やす・・・
ああ〜きもちいい〜
それぞれ自分にチャレンジした一日でした。


                             「洋」
  「7月トーク」                平成22年7月1日


「あさトレのできごと」

“ブレーキによってリムにきれつ”

MTBで油山での朝のトレーニング!
下りはブレーキをかけることが多く、
ブレーキシュウも何度か取り替え。

ある日ブレーキをかけると
リヤーブレーキレバーの手に振動を感じるものがあるため
途中で調べるけど異常はないようだ。

2〜3日乗っていると
だんだんひどくなるので家でよく調べると、
リムのブレーキ当たり面がすれて、
空気圧によりリムが膨らんでいたため
ブレーキシューがロックする状態になっていた。

タイヤを外して見ると
リムのタイヤビード部にキ裂が・・・

「普段乗りなれた車は体に感じるもの!
 異常を感じたら
 安全に使っていくためにも点検が必要です。」


                             「洋」
写真はキ裂の入ったリム

  「6月トーク」                平成22年6月1日


「第31話 自転車屋人生の思い出」

「おはようサイクリング No.2」
“サイクリングの基本はおはようサイクリングで学ぶ”

日本では本格的なサイクリングの歴史は浅く、
過去に於てイギリスのクラブ活動から輸入されたもので
サイクリングにかぎらず、
各方面のクラブ活動の盛んなイギリスと異なり、
日本ではまだ運営や組織が定着していない
1970年のころに
おはようサイクリングが始まっている・・・

日本サイクリング協会(JCA)主催の
全国サイクリングラリーや九州サイクリングラリー他
いろいろなサイクリング活動も盛んになっていきました。

当時から
自転車は地球に優しい乗り物!
有酸素運動!
健康に良いスポーツと・・・
サイクリング普及活動の標語のようでした。

2010年現在、
その標語は医学的にも人類が生活していく上でも
現代社会に自然に求められる乗り物になりつつある。
これからは自転車から学ぶことはいろいろあるとおもいます。
楽しみですね!!


                             「洋」
写真はいろいろなサイクリングに参加した時の
バッジやワッペン
  「5月トーク」                平成22年5月1日


「第30話 自転車屋人生の思い出」

「おはようサイクリング No.1」

1970年頃から始まったおはようサイクリング!
福岡では大濠公園が会場。
今から約40年前、
当時は東京オリンピック後のサイクリングブーム・・・

参加者はほとんどが小学生から中学生までの男の子で
女の子は少ない。
まだ自転車は男の子の遊び道具みたいで、
今のように成人男女が自転車に魅力を感じない時代、
当時の成人男性はみなオートバイや自動車に
目が向いていたようです。

そのような環境の中で始まった
おはようサイクリング・・・
自転車屋さん達のグループで、
子供さん達を連れて日曜日の午前7時に会場に集合し
ラジオ体操から始まり、
安全10則、乗り方教室、ゲーム、など。
遊びを通して、マナーを身につけ、
公園を周回しながら交通ルールの指導など
約1時間の早朝サイクリングでした。

期間は4月〜6月まで・・・
家庭や学校で学べないことも
自然と身についていたのではないかと思います。

今ではその自転車少年も50才前後に・・・
社会にでて活躍されておられることと思います。


                             「洋」
  「4月トーク」                平成22年4月5日


「5人で日帰り輪行サイクリング」

3月22日
午前6時27分発西鉄電車。
薬院駅より特急で大牟田まで。
JRに乗り換えて植木駅で下車(午前8時22分着)。
駅前で自転車を組み立てて午前9時スタート。

昨日までは春の嵐・・・
今日は雲一つない絶好のサイクリング日和、
サイクリング道路を平山温泉目指して走る。

途中、山鹿市街の歴史のある町並みや八千代座を見学。
魚屋さんでこのしろ寿司、キビナゴの天ぷら、
シーフードコロッケを買い、
菊池川土手の草むらで昼食にする。

ゆるやかな川の流れと青空を眺めながら
5人のお腹を満たす。
あ〜うまい・・・

桜の花を眺めながら
平山温泉目指してペタルに力が入る。
やまと旅館でヌルヌル感の露天風呂につかり
少し疲れを癒す。
(偶然にも知人とばったり会いビックリ!!)

大牟田駅まで走る。
少しのアップダウンありで駅前に17時少し前に着き、
自転車を袋に詰めて今日の輪行の旅は終わる。
66kmのサイクリングでした。


                             「洋」
  「3月トーク」                平成22年3月6日


「第29話 自転車屋人生の思い出」

(古希を迎えて)

仕事が続けられるということはありがたいもので、
還暦を迎えてからもう10年に成る。

この仕事=自転車が大好きです。
だから元気である内は続けていきたいと思っています。

それには、マイペースの生活リズムと
アイデアがでれば即実行できて
自分の仕事が続けられることかな?
その環境が健康維持にもなるのでは?・・・。

また夫婦で時代の流れに乗れて
食生活にも気を使っていただいた家内のおかげで
今があることをしみじみと感じています。
健康第一に!!

これからの時間を大切に
人生を楽しんでいきたいと願っております。
子供達よりお祝いのメッセージをいただきました。

Tour de Youji Maillot Jaune de la vie


                             「洋」
  「2月トーク」                平成22年2月1日


「生活習慣病を防ぐサイクリング」

ストレスを発散されるほど、
血流も良くなり、血管は元気に!!
心のバランスからも、
サイクリングに光を当てましょう。

血液がドロドロになると
血管が詰まりやすくなります。
その原因の一つが、現代社会のストレス。
仕事のイライラをためやすい人、
責任感が強く完璧主義の人・・・
こういう人は残念な事に
動脈硬化が進みやすいといえます。
ストレスがホルモンに作用し、
血小板が固まりやすくなってしまうのです。

それだけではありません。
ストレスはコレストロールや活性酸素も増やします。
サイクリングは血液中の糖分や脂肪分を消費しつつ、
ストレス発散効果でも血栓を防いでくれます。

気持ちよいペースでペタルを踏み続ければ、
体を緊張状態にする交感神経の活動がおさえられ、
おだやかな副交感神経の働きでリラックス。

心と体の相互作用こそ、
自転車ならではのすばらしい力です。

室内で漕ぐ自転車でも
一定の運動量は得られますが、
やっぱり青空の下、
景色や風の薫りを楽しみながら走る
喜びにはかえられません。

心が解放されてこそ、
末梢血管までフレッシュな血液が駆け巡ります。

このように心のバランスを整えることでも、
体のバランスは整えられるもの。
自転車は、まさに理想的な
“バランスのスポーツ”なのです。

(自転車で健康をつくる本より)


                             「洋」


写真の自転車は1967年から
サイクリングに使用していて現在も乗れます。
  「1月トーク」                平成22年1月1日


新年明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくおねがいします。

「座禅のことについて」

私は1990年から
月1回の座禅会にお世話になっています。
今年で20年目になりました。

場所は、穴観音(興宗寺)のお寺さんで、
このあたりは百塚といって古墳郡のあった所であるが、
福岡城が築かれた際にその古墳の石が多く利用され、
ここの古墳だけが供養のため残されたという。

石室内には、
阿弥陀観音、勢至などの彫刻がしてあり、
世に穴観音として知られている。
また、境内には赤穂四十七士の墓がある。
(福岡市観光課案内より)

毎月第二日曜日の
午前7時30分〜8時30分までの一時間、
このゆるやかな時の流を座禅で、
自分の心と素直に向きあえることができる。

座禅が終わったあとお茶をいただき、
和尚様のお話を聴いて、心、洗われる。



                             「洋」
写真は禅の友より

  「12月トーク」                平成21年12月1日


「ルーフキャリヤ」

車の屋根に成立式キャリヤを取り付けて33年になる。
サイクリングなどには非常に良いのですが、
屋根に自転車が乗っているのをわすれてしまって・・・
つい先日、電動式車庫の門扉を壊してしまった。

車庫入れには十分気をつけなければなりません。
左右前後のことばかりに気をとられ、
頭上のことをわすれている。

またドライブ中、
小さなトンネルなど気をつけなければなりません。
反省しています。

ルーフキャリヤをつけている皆さん、
気をつけて下さいね。


                             「洋」
  「11月トーク」                平成21年11月6日


2009年10月19日〜20日
「輪行サイクリング」
瀬戸内海の安芸灘とびしま海道〜しまなみ海道の旅
(天気が悪く3回のキャンセルでやっと行けました。)

1日目のコースは・・・
七つの橋で七つの島巡り「安芸灘とびしま海道」
西側瀬戸内海を西から東へ横のライン生活道!!

博多午前6:04分発新幹線で広島着。
山陽本線呉線にのりかえて仁方駅下車。
自転車を組み立てて、
午前8時15分から海道サイクリングへスタート・・・

安芸灘大橋〜R288下蒲苅島を一週して 〜蒲刈大橋を渡り
〜R287上蒲刈島南側を東に向かって走る。
この自然の中で、じゃこ天を食べながらの休憩、
とてもうまい!!

海や島々を眺めながら家内とのサイクリングは続く・・・

この島の恵の丘レストランで昼食〜
豊島大橋を渡り〜R354豊島の南側を走る。
その頃から風がとても強くてペタルに力が入る。

大浦トンネルをぬけて
豊浜大橋を渡り〜R355大崎下島へと進む。
豊島で風が強かったため、
この島では北廻りのR355コースをとる。
島の南東端、瀬戸内海のほぼへそにある
江戸時代の港町御手洗(みたらい)を見学。

へいら橋〜平羅島〜中の瀬戸大橋
〜中ノ島〜岡村橋〜岡村島と七つの島を走り、
小長港からフェリーで大崎上島の明石港へ渡る。

R65を走って、
今日のお宿はきのえ温泉ホテル清風館。
午後5時頃つく。

自転車で走った距離は景色を見ながら
見学しながら59km走る。
一日目のとびしま海道コースは生活道のため
車との出会いは島によっては2台か3台程度。
人も少なく、それと平日なので島と海と空、
それに空気も貸し切りみたいだ!!


2日目のコースは・・・
三つの橋と五つの島巡り「とびしま海道」
東側瀬戸内海を南北縦のライン観光の一環として
サイクリングロードが設定してある!!

午前7時20分自転車でホテルを出発。
木江港7時40分発のフェリーで大三島の宮浦港へ渡る。

少し自転車で走り、
日本最古の原始林楠群に覆われた
境内に鎮座している大山祇神社に参拝し、
宝物館の開館を待って見学。

日本一の武具館と国宝・重文の宝庫、
海事博物館など見て回る約1時間・・・

島を横断しているサイクリング道路を走り、井口港到着。
朝日に照らされた奇麗な
多々羅大橋をうっとり眺めながら
島の名物みかんをいただいて休憩。

午前10時20分から、
大三島を後にして今日の旅しまなみ海道に入る。
先ほどまで眺めていた多々羅大橋をサイクリング
〜生口島へ渡る。
R317からR81へ耕三寺を見学〜
商店街を見て回り昼食〜
ドルチェで手作りジェラード食べながら休息。

生口橋を渡り、因島へ。
R366号を北上〜因島大橋渡り〜
向島R377を北上、向島紡績所見学〜
福本渡船で尾道へ。

途中でレトロな80年の歴史ある銭湯につかり
(お湯がとても熱かった〜)

新幹線尾道駅へ向かうが、
もう日は落ちてライトを付けて走る。

駅で自転車を輪行袋に収めて
午後6時40分発の新幹線で博多駅まで。
一泊二日の旅は終わる。
今日自転車で走った距離は61km。
2日間天気にめぐまれて良い旅ができました。

しまなみルートの橋の通行量は車も自転車も多くなる。
橋の下は潮流がぶつかり合い、
渦を巻いており吸い込まれそうだった。

とびしま海道ではサイクリストらしき人に一人会ったが、
しまなみ海道にはいるとさすがにサイクリストが多かった。
尾道ラーメンは時間が足りずに食べれなかった。
残念!!


                             「洋」



  「10月トーク」                平成21年10月8日


「第28話 自転車屋人生の思い出」

変速ギヤの移り変わり

自転車の始まりは
木製で地面を両足で交互にけって走るもので、
ハンドルは固定。

金属製の自転車が作られてから約200年がすぎて、
1839年マクミラン(イギリス)が
後輪ペタル駆動の二輪車を発明。

このマクミラン型により、
二輪車として、初めて足が地面を離れた。
今から170年前のことである。

その後、
フランスやイギリスの伯爵、男爵、技術者たちの
発明、発見、考案者により改良され発表されていく。
しかし200年前に今の原型ができて、
今なお進化しながら地球に優しい乗り物として続いている。
今後も発展していくことでしょう。

1950年代、
ディレーラーは第二次大戦後
ヨーロッパでロードレースで盛んに使用されるようになり、
50年代には5段が現れ、
同時にフロントディレーラーも普及していく。

日本では1868年(明治元年)、
からくり儀右衛門(田中九重)により自転車が作られる。
その後1890年(明治23年)、
宮田栄助経営の宮田制銃所(1902年より宮田製作所)が
わが国最初のセーフティ型自転車を試作。

1955年(昭和30年)から
私は自転車修業の道に入る。

54年の時の流れの中で
外装変速機をふりかえって見て
2速の時代からたずさわり、
現在の性能はストレスなくチェンジできて快適です。

ディレーラーについて、
国内では50年代ころから
1速から2速、3速、4速、
5速、6速、7速、8速、
9速、10速、11速と
半世紀の間に5年に1速づつ増えたようです。

今は10速が主流ですが、
今後どのように変わっていくのでしょうか?



                             「洋」
写真は3速時代の変速機とフリーホイル

  「9月トーク」                平成21年9月1日


「サドルについて」

サドルとは鞍であって、椅子ではない。

ペタルを「漕ぐ」という動作によって完成された
現在のサドルの形状は自転車独自のもので、
ハンドル、ペタルとともに常時乗り手の体に接している。
ゆえに乗り手の乗車姿勢を決定する部品として
その取り付け位置には重大な関心が払われるようになった。

自転車に乗り始められた初心者の方は
ほとんどの人がお尻が痛いという答えが返ってくる。
私も50年ほど前から
自転車と人とサドルの関係についてはいろいろ興味をしめし、
実用車からスポーツ車に大きく変わるころは
乗り比べては考えて、改良してテストをしては
乗り心地とバランス乗車姿勢にも気を使っていました。
今のようにサドルの種類が沢山出回っていない時代でした。

私の経験のなかでサドルに体重がかかる配分を
感覚的に調べてみました。
(ドロップハンドルの場合で個人差はありますけど!)

大きく分けて
ツーリング車・・・手に20%足に20%お尻に60%
レーシング車・・・手に20%足に50%お尻に30%
位になります。

ツーリング車(主に旅をする車)はお尻に負担がかかりますので
革サドルをおすすめします。
体になじむとお尻は痛くないし、疲れません。
また革の張りも強弱ができ、
自分に合った調整ができて長く使用できます。


                             「洋」
  「8月トーク」                平成21年8月1日


「第27話 自転車屋人生の思い出」

一輪車のこと

1979年から乗り始めた一輪車、
これ乗れるのかな??

少しづつ練習していくうちに1m〜2mと乗れるようになる。
子供にも乗れるようにと一緒に練習していく・・・
さすが子供は柔軟性があり、すぐ上手になる。

このことをご近所の子供さんにも伝えたいと思い、
公園で早朝一輪車教室を始める。
特に小学3年生〜5年生の女子は上達も早く、
いろんな技にもチャレンジして
多くの人が興味を示すようになる。

そんななかで、
スポーツテストをしたり、
油山一輪車ハイキング大会、
長住祭りに出演、
博多どんたくパレードに参加、
小学校での一輪車教室、
また、いろんなイベントに参加して
ご父兄の皆様にお手伝いしていただき、
皆さん親子で楽しんでおられました。

今でも私は時々乗っています。

<一輪車の魅力と利点>
 一輪車に乗れるようになった時の喜びは格別です。
 最高の気分ですよ!!

1)反射神経、平均感覚を養う。
2)体力作り肥満防止に効果あり。
3)学習意欲がわく。
4)精神鍛錬に役立つ。
5)自己の身体をコントロールするという技術を修得する。


                             「洋」
  「7月トーク」                平成21年7月1日


「第26話 自転車屋人生の思い出」

{Yojiのフランス一人旅} その7

(25話からのつづき)

リヨンからパリまではTGVが運行されている。
当時はまだここだけの路線のようだ。

LYONのベラーシュ駅に着くと
オレンジ色のTGVがホームに入っていたので、すぐ乗り込む。
いい気分で座席に座っていたところ、
一人の紳士が現れて、
ここは私の席です?!

ここは1等席のようで・・・
紳士はホームに下りて駅員の人と
英語でなにやら掛け合ってくれているようだ。
私もそばまで近づいて、バカンス切符を見せる。???
追加料金を払えば良いとのこと。
OKして2等車に乗り換える。
そこでまたここは私の席ですというぐあい・・・!
これは座席指定のようだ。

午前11時46分
TGVは静かにホームを離れていく。
もうお客さんは乗ってこないだろうと
空いてる席に座ってホッとする。

車窓から見る景色は飛んでるようだ。
TGVはものすごいスピードで走っている。
午後2時少し過ぎた頃、パリのLYON駅に着く。
SNCF(フランス国鉄列車)の旅も今日で終わる。

列車の時刻もその時々の駅で調べ、
ほとんど待ち時間なしで行動計画の日程をこなした。
良くまあ〜うまく回ってこられたな〜
と自分なりに感心している。

これからパリで4泊するホテルを探す。
この旅も終盤に近づいたので少しいい宿にする。
ノートルダム寺院近くに決めた。・・・

ホテルでくつろいで、パリの夜の街を散策、
南フランスを回ってきて気分はパリっ子、
だいぶなれてきたようだ。・・・

夜の食事は現地のサラリーマン風の人たちが
楽しく食事をされているところで食べたり、
ワインをごちそうになったり、
行き先ざきでいろんな人との出会い、
昼間は1日約20km近く歩いて
見聞して初めて見る物すべてが勉強になる・・・

橋の上で年配のおじさんが
自転車に油絵の道具一式を積んで
古いノートルダム寺院を写生しておられる姿に
しばしみとれる。
この街と絵と同様に私の心にひびく。
まだ乾かぬうちに買いました。!
よいおみやげとなりました。

セーヌ川の川岸に設置された
古本屋さんの開店と閉店の模様も見ることが出来た。
博多の屋台のようだ。

いろんなハプニングと少し怖い目に遭ったこともありましたが、
無事私の一人旅は終わることができました。
何事も自分にチャレンジすることが一歩前に進みそうだ。
人生の大きな一ページになりました。

これも家族、友人の支えがあってできたことです。
ありがとうございました。

これで「Yojiのフランス一人旅」は終わります。

「20年前のことでした。」


                             「洋」


>
  「6月トーク」                平成21年6月8日


「第25話 自転車屋人生の思い出」

{Yojiのフランス一人旅} その6

(24話からのつづき)

マルセイユから3時間30分ほどでリヨンに着いた。
午後1時頃だった。

切符の検察は2回ほどある。
車窓からの天気は雲一つない上天気。
日本ではトンネルが多いけれど、
フランスのSNCF(国鉄)は
トンネルはないといってもいいくらい。
今までのコースで二つくらいかな?
農業国だな〜!
ほとんど遮断機もなく立体交差のため
スピードも出ているようだ。

リヨンには駅が二つあるようで
地図に載っているペラーシュ駅と
私の地図に載ってないパールデュー駅に下車したようだ。
途中で人に尋ねてやっとわかる。

またリヨンの街は大きな二つの川・・・
ローヌ川とソース川にはさまれた
フランス第二の都市でもある。

重い荷物は肩にめり込んでくる。
約5km位歩いただろうか、
ホテルを見つけると荷物をおろし一休み!

夕暮れのリヨンの街並をウインドウー見学。
ショーイングはどのお店も個性があり、
目を見張るものがある。
ここまで来るとお店に入る勇気も出てきて、
留守をしている家内にバックでもと
少し心に余裕も出てきた。

また街の人が生活してる様子がわかる市場に行くと、
夕食の買い出しに沢山の人達でにぎわっている。
私もみんなの中に並んで夕食の食材を買う。

言葉は通じないけど
これにはどのソースがよいかとか尋ねたり、
お客さんが私と一緒になって理解しようと
親切に手真似で教えてくれる。

ホテルに持ち帰り、
ビニール袋が食器替わりになり
箸はマルセイユでもらったものを使う。
久しぶりにうまいものが食べられた。


2月10日
午前9時30分頃初めて銀行に行く。

トラベラーズチェックで
フランスフランに換えるため。
日本円のチェックは?
・・・銀行員の方がいろいろ調べている様子。
電話をかけたりして、
その内、OKが出る
サインをしてフランが手元に!!

街を歩いていると、
公園や公共の施設など奇麗に清掃されている。
中でも犬のフンをバイクのバキュームで?
・・・フンを吸い取っている。初めての光景である。
さすがだなあ〜!

今のところパリをでてから
日本人にはまだ一人も会ってない。
南フランスをまわり、
パリへと・・・

次回へ・・・


                             「洋」
  「5月トーク」                平成21年5月2日


「第24話 自転車屋人生の思い出」

{Yojiのフランス一人旅} その5

(23話からのつづき)

2月8日
トゥルーズ
赤レンガ造りの建物が多い街並み。
「バラ色の町」ともよばれる奇麗な町を後に、
マタビオ駅よりフランス国鉄「SNCF」で
午前9時6分発マルセイユ行きに乗り込む。

一息ついた頃、切符の検察。
いろいろ聞かれるけど、
チンプンカンプンわからない。
しかし少しの単語と手ぶりでOKのようだ。

列車が発車して二つめの駅から
乗車してきたフランス少年が私の横に座り
人なっこく問いかけてきたので
ノートをとりだして絵日記にして心の内を語り合う。
手話みたいでマルセイユは
スリが多いから用心しろとのこと・・・???

太陽や魚やぶどうの絵などをノートに書いてもらい、
後にその意味がわかる。

いよいよ南フランス。
太陽がサンサンとかがやいて
車窓から入る光で真冬というのに温室の中にいるようだ。

フランス最南端の港町マルセイユ!!
午後2時頃ホームに着くと潮風の香りが心地よい。
駅の階段を下りて右に折れると旧港にでる。
港に向かって町が開けている。

今日のお宿は旧港近くの三つ星マークのホテルにする。
90Fと安いのでちょっと奮発する。
旅もだいぶなれてきたので
ホテル探しも選ぶ余裕が出てきた。

このホテルの電話を借りてドゴール空港へ
「リコンファーム」の手続きをする。
OKがとれ一安心!!
大きいバックをホテルに置いて
セカンドバックを提げてウォーキング。

私は海、船は大好きで歴史ある港へと進む。
小高い丘の上の方へ登って行くと、
旧港と新港と港町全景が眼下に見えて絵のようだ。
豪華客船やボートなどが私と一体となった構図となり、
感動する。

お年寄りの方達は日光浴をしている。
外気温度は20度くらいあるのでは?
気持ちいい・・・

今度は海水が手の届くところまで下りて
塩水の感触を肌で感じたり、
ボートの手入れやペンキ塗りなどされている光景など見る。

町を歩いていると
古い時計屋さんのウィンドウに
懐中時計が目に入り、買うことにした。
そこで今日の夕食の店を紹介してもらう。

ワインを飲みながら美味しい食事で
マルセイユの夜を過ごす。

明日2月9日は私の誕生日。
マルセイユで49才になる。

明日からリヨンの町へ・・・

次回へ・・・


                             「洋」


  「4月トーク」                平成21年4月4日


「第23話 自転車屋人生の思い出」

{Yojiのフランス一人旅} その4

(22話からのつづき)

2月6日
パリで5日間を過ごしてオステルリッジ駅より
いよいよ南フランスへ向かう。
午前8時30分の列車に乗り込み、
重いリュックを背中からおろすとほっとする。

福岡と姉妹都市のボルドーまで急行で・・・
車内は片面の座席がBOXタイプ、
通路は左側になっている。
私の前の席には上品な老夫婦の方が
笑顔で私に会釈され、
ホームまで見送りにきていた若い男性が
おそらく息子さんでしょう。
ほほえましい光景を目にする。

車内では
パリで5日間過ごした疲れと緊張感もとれて
車窓を楽しめる余裕さえも出てきた。
横には若い女性、言葉は通じないけど旅はみちづれ、
荷物は放り出しても気にならないようになる。
私も列車でのツールド・フランスが始まる・・・

天気も南に行くほどよくなってくる。
午後2時頃今日の目的地に着き、
まずホテル探しから始めて安宿が見つかる。
部屋に荷物を下ろし、
駅前から市内を歩いて見学する。

あるメガネ屋さんに寄って
機内で傷めたメガネフレームを
親切に修理していただく。
無料でした。

フランス5番目の都市にしては人もまばらで
本当に田舎といった感じである。
今日は20kmほど歩いて回る。


2月7日
ボルドー、サンジャン駅より
午前11時27分発〜トゥルーズへ向かう。

駅でドイツの青年旅人と出合う。
列車に一緒に乗り込み席を共にする。
彼は英、仏、伊、スペイン、もちろんドイツ語が話せる。

トゥルーズには午後2時ころ着く。

彼も貧乏旅行しているらしく、
駅のコインロッカーに荷物を2人一緒に入れようという。
そこでこの人を信用する勇気をだして預ける。

買い出しに近くのスーパーに。
昼食用にパン、牛乳など買う。
品物をカゴに入れるとカゴ代がいるそうで
そのままレジーの方へ。
なにもわからない私はゼスチャーに従い
近くの公園で一緒に食べる。
そのあと彼はトイレにいくという。

ちょっと荷物のことが気になる。
暗証番号は彼のもの・・・

少し時間が過ぎて帰ってくる。
これで安心・・
今日の宿探しを手伝ってもらう。
結局このホテルに2人泊まることに!
(1泊日本円で1800円)

きれいな部屋で荷物を下ろし
休憩午後7時頃彼の部屋に案内され、
昼間スーパーで買ってきた食材で
ワインを一つのカップに入れて分けあって
夕食をともにする。

明日はマルセイユに向かって・・・

次回へ・・・


                             「洋」
  「3月トーク」                平成21年3月1日


「第22話 自転車屋人生の思い出」

{Yojiのフランス一人旅} その3

(21話からのつづき)

2月4日
少しフランスの空気にもなれてきた頃。
ホテルを午前10時頃出発。
憧れの人にあえるかな〜

そう思いながらALEX SiNGERを探し求めてたどり着く・・・
丁度昼休み中だったので近くのお店で昼食をとる。
フランスにきて初めてのワインを口にする。

午後2時30分頃
気分もわくわくしながらSiNGERの扉を開く・・・
憧れの人アーネスト・クスカ氏が目の前に現れる。
感激である。

言葉も通じないけど、
仕事の上で通じるものがあるのでしょうか?
目と目が合うと笑顔になる。
工作室など見せてもらい写真撮影もOKとなる。
使い込まれた作業台、バイス、工具類を見ると、
過去からいままでの、また未来に向かっての
仕事ぶりの証しと歴史を感じる。

いろいろなものを見せていただいて
約3時間ほどおじゃまする。
そこで私の自転車をオーダーすることに・・・

目的はオーナーに会えることと
工作室を見られたらそれで満足でしたが、
幸いにも私の通訳をしてくれる
日本人の小林さんという人にパリで出会う。

彼はフランス語を勉強するために留学生として
一週間ほど前に日本からフランスにきたばかりで
幼稚園レベルのフランス語だったら話せるとのこと。
今日は彼と一緒に行動する。
おかげさまで旅の途中なので
予約金だけでオーダーすることができた。

もう自転車は日本に着かなくてもいい位の気持ちになっていた。

それだけここまでこれた喜びの方が大きいようでした。
あらためて自分の思いや行動、信念をもって取りかかれば
希望は叶うものだと思った。
今日で前半の大きな目標をクリアーする。
あの時お世話になった小林さんはお元気でしょうか・・・?


2月5日
午前11時ホテルをスタート。
朝から雨が降っていたメトロに乗ってエッフェル塔見学
(建設されて丁度100周年になる)
〜 セーヌ川〜アレキサンドル3世橋〜アンヴァリット宮殿〜
モンパルナス駅〜モンパルナスタワーと
歩いて回る一日でした。

フランスにきてからこれまで
洗面台にお湯をためてタオルをぬらして体を拭いていた。
安宿なのでシャワー室はないもの
と思っていたら共同のがあり、
初めてのシャワーで
やっと全身をきれいにすることができた。

また日本の家族に公衆電話から無事であることを
初めて電話する。
携帯電話もない時代です。

明日からいよいよ
南フランスに向かって・・・

次回へ・・・


                             「洋」

あこがれのツーショット

使い込まれた作業台
  「2月トーク」                平成21年2月1日


「第21話 自転車屋人生の思い出」

{Yojiのフランス一人旅} その2

(つづき)

2月3日
朝食は4フラン支払ってセルフサービス。
自分の食器は自分で洗って返すシステム。
いろんな国からの宿泊者で
日本人はだれも泊まっていなかった。

私が一人旅をすることは
家族以外だれも知らせていなかったので
30枚ほど絵はがきを買ってきて、
宛名書きをしてから郵便局へ。

日本での〒(このマーク)を探すけどありません!
街ゆく人に尋ねてやっと見つける。

はがき1枚に切手3枚貼るという作業は大変でした。
切手代は30枚で107フラン。
はがきをポストの中へ・・・

さあ〜パリの一人歩きが始まる。
風邪もだいぶよくなり
気分はパリっ子・・・
地下鉄(メトロ)へ。

路線図を見ると網目のようだけど
カルネという10枚つづりの回数券を買って
初めて乗ってみる。
ところがハプニング・・・

途中の駅で乗客の皆さんがみな下車されて
車内は私一人になる。

おかしいなと思ったけど電車は出発する。
だんだん暗くなり、車庫入りしているようだ。
電車は停車して、運転手さんが車内をみまわして
私を見るなりびっくりした様子・・・

言葉は通じないけどゼスチャーで説明すると
わかったのだろう、
さっき皆が下りた駅まで電車をバックさせて(約500m位)
私をおろしていただいた。

メルシー
ありがとうの感謝でいっぱいでした。

地上に出てまた歩き回る。
コンコルド広場にくると真冬なのに
太陽がいっぱいである。

足元を見るとあの石畳だ。

ツールド・フランスのレースシーンが
目に浮かんで来る!!

次回へ・・・


                             「洋」
  「1月トーク」                平成21年1月1日


「第20話 自転車屋人生の思い出」

{Yojiのフランス一人旅} その1

今から20年前。
1989年2月1日〜15日まで。
フランス一周一人旅がはじまる!
(1フラン24円の時代)

目的
*フランスの文化と歴史を勉強したい。
*自分の仕事を見つめなおしたい。
*将来のための知識を高めたい。

23才の頃、
フランスの自転車事情をスライドで見る。
カッコよくスポーツ車にまたがっていた人に
ぜひ会いたいと思う夢は捨てきれず、
25年の歳月がすぎて夢が実現しました。
それもパッケージ・ツアーでなく一人で旅すること。
(不安もあるけど)


1989年2月1日
いよいよフランス行きの日がやってきた。・・・

一人旅のスタート
福岡空港よりKOREAN AIRでソウルまで。
そこでジャンボ機に乗り換えてアンカレッジへ着陸。
空港で休息。

雪と氷に閉ざされた空港は別世界・・・

パリに向かって順調に飛んでいる。
18時間の機内では日本人は一人もいないようでした。

ドゴール空港着陸寸前にふかい霧に包まれ着陸できず、
ドイツのフランクフルトに着陸3時間の足止めにあい
トータル6時間ほどのロスになる。
ドゴール空港に朝早く着く予定が昼すぎになる。

空港からバスでパリ市内へ。
この旅では、ホテルはなにも予約していないので、
まずは今夜の宿探しから始まる。

貧乏旅行なのでユースホテルを見つける。
1泊166フラン(約3900円)の宿に
大きなリュックを部屋におろして、
シャンゼリゼ大通り〜ドゴール広場〜凱旋門と見て回る。
フランスにきたんだ〜 わくわくする。

目に映るものすべてが初めてですごく感動する。
歩き回ったところで汗びしょり。
カフェで一休みしビールを飲んだ。
このビールがうまいこと。
少し緊張感がとれる。

夕食は L'Kpenr de Lamen にて。
魚料理にワインで112F払う。

家を出てから機内食ばかり。
やっと!まともな食事にありつける。
美味しい〜。

出発から神経を使い8時間の時差や
ハードな行動と風邪ぎみで疲れた。
風邪薬をのんで、
パリの初めての夜を過ごす。

次回へ・・・


                             「洋」

雪と氷の、「アンカレッジ空港」

パリ、リニューアル中の「凱旋門」
  「12月トーク」                平成20年12月1日


「交通事故」

生と死の狭間で・・・
1秒の差で人生は変わるんだ!

丁度今から1年前の
12月1日午前5時40分頃
自転車でトレーニング中に
後ろからいきなり自動車に追突されて
吹っ飛んだ!!

幸いに歩いている人に助けられて
救急車で病院に運ばれた。

頭部、右肘関節、骨盤、右肩打撲傷にあう・・・
大きなけがはなかったが、
ヘルメットのおかげで命拾い・・・

ヘルメットは割れ、めがねもこわれ、
むち打ち状態がしばらく続く・・・

道路を歩くのも恐怖感があり、
「トラウマ」とはこのことだと
身をもって体験する。

事故から1年たった今は自転車も乗れて
普通の生活ができるまでに戻ってきた!!
(奥さんは事故の後、急性胃炎で苦しんだ。
 心配させてごめんよ!)

自分が気をつけていても、
災難はいつおこるかわかりません。
自転車に乗るときは
ヘルメットをかぶりましょう。


                             「洋」
  「11月トーク」                平成20年11月1日


10月6日〜7日
「輪行サイクリング」
長崎県長崎半島野母崎〜樺島往復サイクリング

6日
朝、博多駅から特急かもめに乗り、
長崎駅に午前8時35分着。
(約2時間)
輪行袋から自転車を取り出して組み立てる。

浦上天主堂〜平和公園を見学して中華街へ、
腹ごしらえをして夫婦でのサイクリング。
国道499号線を南西に延びた野母岬目指して・・・

初めてのコースで長崎は坂が多くて自転車は・・・
と聞いておりましたが、市内は六角交差点が多く、
自転車は歩道を走らなくてはならないような環境です。
石畳は体にきびしい。
車道は自動車が多く、
自転車で楽しく走れるところではないようです。

そのようなところをくぐり抜け、坂を上り下りしながら、
右手に海岸線を眺めながら走られるところまでくると
軍艦島が見える。

最高のロケーションになり疲れもとれる。
ソフトクリームを食べながら一休み!!

今日の宿は「陽の岬温泉海の健康村」
すぐそばには軍艦島が見え、
冬場は野母崎すいせんまつりで有名だ。
午後3時頃つく。

荷物を置いて権現岳〜樺島大橋と岬をサイクリングする。
これがまたきつい!!

夕日はあいにくの曇りで見られないが、
大海原を眺めながらの温泉はまた格別で
疲れも爽やかさにかわる。


7日
宿を午前9時30分長崎駅に向かってスタート。
長崎野母崎自転車道(半島の背骨にあたる部分が専用道)、
自然の中に作られた道を快適に走る、
とても気持ちよい。

途中サイクルロッジ谷口様に立ち寄り、
コーヒーをごちそうになる。
帰りの見どころなど聞きそのコースをたどる。

女神大橋〜日本一古いそろばんドック「正式名小菅修船場」
(船を引き揚げる滑り台日本最初の洋式近代的ドック
 明治元年1868年完成。今は重要史跡)
を見ることができた。

このサイクリングで近代的な出来たての女神大橋と
140年前完成したそろばんドック、
この歴史落差の大きい鉄の建造物を見て
時代の流れを感じとれる場面である。

長崎駅に近づくと人の山、
今日はおくんちだ〜
駅前広場での三味や笛太鼓の音を聞くと
うきうきしてじっとしていられずに
「祭りはいいなー」
と奥さんは見に行ってしまう。

僕は人混みの中で自転車を輪行バックに詰める。
すぐかもめに乗り込み、
博多駅に午後5時10分に着く。

旅の思いでをつめて我が家へ・・・!

今回は自転車で80km走る。


                             「洋」
  「10月トーク」                平成20年10月1日


「第19話 自転車屋人生の思い出」

「そろばん」との出会い

昭和25年(1950年)
小学5年生の時、担任の先生より
将来の希望、職業について作文を書きなさいと・・・
そこで私は自転車屋さんになりますと書く。

また当時の校長先生はそろばん指導が上手で
5〜6年生の希望者を自宅に招いて
週1回位夜間に「そろばん」を教えてくれていました。
先生は今の言葉で「ボランティア」でした。

私の家は田舎の人里からはなれた一軒家なので
夜遅くなると、友達の家に泊まり
朝帰りをしていました。

そのころは学校から帰るとカバンをおろすなり、
私は農作業の手伝いが日課でした。
手伝いが終わると勉強もそこそこに
川や海での魚取りや山菜採り、
神社やお地蔵様のあるところに集まっては
パッチやラムネ、駒回しなど
諸先輩達の教えの中で夢中で遊んでいましたが、
そろばんだけは続けていました。

おかげさまで
昭和28年に福岡商工会議所で
珠算能力検定三級合格!!

当時の思い出として検定終了後、
受験生は先生に連れられて
福岡中州の玉屋デパートへ。

初めての博多へ・・・
人がたくさんいる!

みんな壁の上の方をみている!
時計の針みたいなのが動いて突然扉が開き、
何も知らずに大人達の中に巻き込まれ
押し込められてきゅうくつになり、
背丈が小さい私は何が起こったのかわからず
怖い思いをしたことが思い出される。

後でエレベーターと言う
階段の代わりになるものだとわかる!!

今、想うには
(田舎の自然の中から
 いきなり都会の中へ出てきて
 機械文明を知っていく。
 自転車屋人生は
 ここから始まっていたのだな〜と・・・)

58年の歳月が過ぎた今、改めて原点を感じます。
ここまでこれた私は先生に感謝します。

*当時の日本珠算連盟名誉会長 文部大臣 大達茂雄


                             「洋」
ウナギを捕る仕掛け
「もどらず」


当時買っていただいた
「そろばん」
  「9月トーク」                平成20年9月1日


「第18話 自転車屋人生の思い出」

展示会のこと

自転車が今のようにどこでも売られてない時代。

*1970年3月13日〜15日
3日間マルタマストア前で展示会

*1977年4月19日〜25日
7日間岩田屋デパート新館地下道で
春の一流メーカー自転車グランドフェアー
進輪会グループ10名で行う。

*1978年4月1日、25日
2日間サニー店頭にて大展示会

展示会とは相当エネルギーを使うもので疲れる。
けれど行動したことに答えがある。

「1977.4.1 今月の指針の言葉に」
(!機会は努力する者を訪れ、怠ける者から去っていく!)

この言葉にひかれて若さにムチを打ちがんばる。

社会面では
1978.12.1 大平新総裁誕生
はがき10円の時代


                             「洋」


マルタマストアでの展示会

1970(昭和45)年3月
  「8月トーク」                平成20年8月12日


7月25日夜〜29日夜
「夏休み」
岐阜の長良川花火大会--レトロな自転車屋さん--中仙道--奈良井宿
4泊5日の夫婦での旅


7月26日
レトロな自転車屋さんにいくため
駅前のレンターサイクルで片道約8kmを地図をたよりに
(電話連絡とれずに)
さがしもとめてさがしだす。
あったー、とハートにひびくものを感じる。

50年前にタイムスリップ。
初めて会ったのにご主人様は
気持ちよくうけいれていただいて
みたらしだんごのお店に行きごちそうになる。
同じ世代で話もはずみ・・・
いろいろ勉強させていただきありがとうございました。

夜は岐阜駅横のスカイアークスの
子供のマンションに泊まり、
長良川の花火大会を見る。
25階からの眺めはすばらしい!!
3万発の打ち上げ花火は目線が平行で
天を仰がなくてよく・・・
とてもきれいでした。


7月27日
レンタカーでひるがの高原から
白山方面の白山白川〜白水湖に行く。
コバルトブルーのとても神秘的なダム湖をみながらの
露天風呂は最高!!

午後3時ころ
山の中で滝のような大雨にあう・・・


7月28日
名古屋駅から特急信濃に乗り、
日本一の宿場街、中仙道の奈良井宿を見学。
1kmの街道をのんびり歩いて江戸時代にタイムスリップし、
テレビでおなじみの水戸黄門さまがヒョイとでてきそうだ!!
そばと五平餅おいしかった。


7月29日
どうも僕は3日も自転車をさわらないと
体の調子が悪くなるようだ。
ぎっくり腰の前兆が出たので
マッサージをしてもらいに行く。
奥さん曰く、
一日中下界との接触なしでゆっくり休むと
(電話なし人の声なし。見えるのは青い空と雲だけ)
なんだか無人島に行った感じで
たまにはいいねーとご満足???

お世話になった子供の部屋の掃除をして
午後10時30分頃我が家につく。
夏休みの旅でした。


                             「洋」


中仙道 奈良井宿

江戸時代「奈良井千軒」と言われ、
大変栄えた。
  「7月トーク」                平成20年7月1日


「50年前の仕事がやってきた」

実用自転車の再生!!

この車を見て、
自転車組立修理技術者見習い時代、
実用自転車ばかりを油まみれに修理作業をしていたころのことを
なつかしく思い出す。

もう乗れない状態の自転車を乗れるようにするために、
だめな部品は取り替えて分解掃除を引き受ける!!
(列車にたとえると、今のロードレーサーは新幹線、
 この自転車はSLみたいなもの)

幸いにも、
この自転車のためにあったような部品を
取り付けることができました。

新しい部品に取り替えたのは・・・
*BE鉄リム・前輪スポーク穴32後輪スポーク穴40
*スポーク・前輪#14-280mm6本組
 後輪#13-179mm8本組(後ハブは引っかけ式)
*BEタイヤ耳つき・チューブは英式バルブ
*ロット式・前ブレーキゴム、後ブレーキ引き上げ棒(加工品)
*チェーン・DID旧タイプ2/1x8/1-104L
*前後輪ハブ・玉押しとボールベアリング
*ハンガー・クランクコッタード式のボールベアリング
*ネジ小物類
*付属品・カギ、ベル、発電ダイナモ6v6w

出来上がりは重量感あり安定したのりここち。
今の時代に のんびり走るにはいい気分!。
30歳のF様用自転車


                             「洋」
  「6月トーク」                平成20年6月1日


5月6日〜7日
「輪行サイクリング」
夫婦で輪行サイクリング・・・

6日
JR博多駅よりリレーつばめで、
車内に輪行袋をセットして
朝食のおにぎりをいただく。

新幹線川内駅に午前8時55分着
オレンジ鉄道にのりかえ、
東市来下車駅前で自転車を組み立てて
10時スタート。

五月晴れの田舎道をサイクリング。
とても気持ちいい〜〜

国民宿舎吹上砂丘莊に荷物を預け、
吹上浜砂の祭典へと向かう。
途中、魚やさんに立ち寄り、
とれたての魚をさしみでいただくとても美味い〜
すこしパワーがでてきた。

浜砂の祭典を見学。
実物を見ているような細部までの作りにため息が出る。
帰りは地元の年輩サイクリスト二人に
サイクリングロードまでの道案内をしていただく。

とてもすばらしい加世田日吉自転車道を気持ちよく走る。
午後4時頃今日のお宿につく。
60kmのサイクリングでした。

国民宿舎から少し自転車で走り、
吹上温泉大野屋の露天風呂に行く
(ここは源泉でヌルヌル感二重マル・・・穴場です。)


7日
今日も良い天気にめぐまれ、枕崎へと。
午前8時40分スタート。
まっすぐな広域農道を走る。

道路は貸し切り状態で人も少なく信号もない。
丁度午後12時頃目的地に着く。
枕崎駅は少し奥まった所にあり無人駅だった。

駅前で昼食をとり、指宿方面へと走り
途中の枕崎なぎさ温泉に入る。
(源泉の露天風呂から東シナ海を眼下に
 開放感バツグン・・・お薦めです。)

枕崎線塩屋駅(無人)で自転車を袋につめ、
午後3時53分電車に乗る。
今日の自転車の旅はここまで47km走る。
(2日間で107km)

今話題の篤姫のまち鹿児島中央駅より
午後8時12分発の新幹線つばめに乗り、
輪行サイクリングの旅は終わる。


                             「洋」
  「5月トーク」                平成20年5月1日


「古里の田舎道を歩く」

朝日を浴びながらのどかな田舎道歩いていると、
自然の営みがよくわかる。

小鳥たちのさえずり、
それにあわせたように木々の新芽、
草花が新しい命を膨らませている。

大きく深呼吸する・・・
ああ〜うまいこの空気!
自分もこの自然の中に生かされているのだな〜と
心を洗濯される。

野いちごの花を見つけ、少年時代を思い出す。

左右のポケットに衣服が真っ赤に染まるまで
いちごを沢山つめこんでもちかえったり、

小さな竹を見ると杉鉄砲や紙鉄砲作った思いでや、

小川を眺めていると魚釣ったり、すくったり。

ウナギ捕りは夕方仕掛けて朝早くとりに行くなど

勉強はそこそこに・・・

自然相手に遊んだことがよみがえってくる!!

今振り返ると、そこから学んだ事が沢山ある?
仕事にも生かされる。

たまにはボ〜とするのもいいものだ・・・


                             「洋」
  「4月トーク」                平成20年4月1日


「第17話 自転車屋人生の思い出」

工場見学

1977年4月4日
ブリヂストン自転車鳥栖佐賀工場見学!!
長住サイクルより西鉄バスを貸し切り、
49名の人たちと工場見学に行く。

自転車のできるまでの行程を子供達と一緒に
おどろきの眼で見学しました。

なかでも世界5カ国の特許をもつ
ダイカスト製法(フレーム製作)には
これからの時代の物作りだな〜と、感じました。

また女工さん達がフェンダーやフレームに
手書きで金線引きを入れられる仕事ぶりは
熟練の技と勘の良さを見せつけられました。
これはアナログの仕事!!
これからはハイテクとアナログを
うまく調和していかなくては・・・
と思いました。

とても良い天気だったので
筑後川のかわべりに腰をおろし、
遠足みたいな気分で、
べんとうをひらいてみんなでいただく。

午後3時30分ころ
それぞれの思いを心にとめて帰って来る。

社会面では
1977年1月21日 カーター米大統領就任(52歳)
1977年2月16日 福岡地方大雪氷点下5.2度まで下がり、
           ものすごく冷たく寒い
1977年7月23日〜24日 第1回長住まつり
1977年8月7日 北海道有珠山が大噴火不気味な地震続く
1977年9月17日 曲尺、鯨尺が19年ぶりに復権メートル表示つき


                             「洋」
  「3月トーク」                平成20年3月1日


「誕生日が結婚式と同じ日」

2008年2月9日で満68歳の誕生日です。
また結婚40周年(ルビー婚)を迎えました。

子供達より真っ赤なバラの花束40本と
ディナーへの招待券が送ってくる。
おもいがけない心のこもったお祝いをいただいて、
家族愛に感謝しています。

体の続くかぎり、
生涯仕事をつづけていかれたらな〜と思います。
また新たなスタートラインに立ち、
これからも素直な気持ちで
日々の生活に笑顔が沢山でるようになりたいですね。


                             「洋」
  「2月トーク」                平成20年2月1日


「第16話 自転車屋人生の思い出」

ルーフキャリヤのこと

これからのサイクリングを楽しむために
1976年8月30日、
トヨタピックアップ(1800cc)に
イタリア製のLPルーフキャリヤを取り付ける。

ロードレーサーなど2台を正立式に積み、
子供自転車は後のボックスに乗せたりして
サイクリングに出かける。

まだそのころは
自転車を自動車の屋根の上に
積んで走ることは珍しく、注目される。

行動範囲も広くなり、
自然の中でのサイクリングと温泉を楽しむ!!

社会面では
1976年2月3日 鹿児島で5つ子赤ちゃん誕生
1976年9月10日 天神地下街オープン
1976年12月23日 自民新総裁に福田赳夫氏議員総会で選出


                             「洋」
  「1月トーク」                平成20年1月1日


新年あけましておめでとうございます。
本年も、どうぞよろしくお願いします。

「フロントディレーラーについて」

08モデル某ブランドのクロスバイクを組立てたが
変速調整に手間取る!!

それはフロントトリプルギヤのことで、
フロントディレーラーをトップからローに替えるとき
センターギヤにおさまらないのだ。
しかし、
ローからトップへはきれいに切り替わるのである。
だから調整に手間取る!!

それでも直らないので、
ディレーラーに問題ありかな??と考えた。
今までのいろんな経験の上で調べる内にわかった。

BBの軸長の長さに原因がありました。
完成車についている軸長は
110.5mmを113mmに取り替えると
スームズに変速ができるようになった。

新作の完成車だからそこまで疑わなかったのだが、
こんなに手こずったのは初めてのことだった。
何事も勉強だ!


                             「洋」
  「12月トーク」                平成19年12月1日


「家のメンテナンス」

家を建て替えて9年目を迎える。
家も自転車と同じで手入れが必要。

今回は外回りの塀、壁、屋根のペンキ塗り、
シロアリ駆除をする。

これだけの作業をするのに関わってくる人たちの
無駄のない、時間通りの仕上がりに感心する。

最初と最後の足場、ペンキ塗り前の養生は大変だ。
約2週間で仕上がるが、
その前後の片づけ、整理が大変である。

少し早めのメンテだったけど、
これで安心して次のステップへチャレンジできそう。

自転車も早めの点検整備が必要です。
安全のためにも!!


                             「洋」
  「11月トーク」                平成19年11月1日


「第15話 自転車屋人生の思い出」

第2回みかん狩りサイクリング

1975年11月3日
午前8時30分スタート。

自転車に乗って行く人40名(小学生〜大人まで)、
自動車で行く人10名、
みんなで50名のサイクリング。
子供から大人まで小さい子から一列に並ぶ長い列となり、
まだ車も今ほど多くなく時間も余裕があったようです。

コースは、
長住〜下長尾〜田島〜別府橋〜大濠公園〜
西公園下〜市民会館前千鳥橋〜3号線〜
香椎〜下原〜立花〜青柳〜神田のコース・・・
約2時間20分かかる。

秋晴れの青空の下でみかん狩り・・・
みな楽しそうである。
皆さんそれぞれの家庭での手作りのお弁当をひらいて
自然の中でいただく。
とても心地よい気分になれる。

午後1時頃から近くの青柳小学校の運動場を借りて
ゲームやリレーなどして遊ぶ。

午後2時30分
帰りのスタート。

コースは二日市線を通って山田の交差点を右折。
多々良〜土居〜篠栗線に出て〜板付通り〜
比恵〜平尾〜野間〜長住
往復約50kmを無事全員完走する。
帰りは少し早くなり、
1時間40分で着く。

皆様から大変喜ばれました。

社会面では
1975年3月10日 博多新幹線開業
1975年11月7日 博多大丸デパート呉服町より天神に開店


                             「洋」

  「10月トーク」                平成19年10月1日


「第14話 自転車屋人生の思い出」

1975年頃
あこがれのカンパ

ブリヂストンサイクルより
「グランヴェロ」GV-RRがハンドメイド製作される。

フレームチューブはレイノルズ531バテットで
マンガンモリブデン鋼フルセット。
ラグはチネリ、
エンドはカンパ、
ワイヤー類はオールバンド締めの時代・・・。

パーツはカンパニョーロレコード・フルセットで
ニジー、クレメン、ユニカなど
ヨーロッパの一流パーツがアセンブリーされている。

まだツールド・フランスなどテレビで見られない頃に
プロが使用しているのと同じパーツを見ながら
我が手でこのロードレーサー
「グランヴェロ」GV-RRを組み立てる。

1975年7月の事である。
とてもきれいな車でした。
30数年が過ぎた今でもその輝きは色あせず
心に残る一台である。

今その自転車はどうしているんだろうか・・・
会ってみたいな〜

因みに
当長住サイクルは10月1日で満40年になりました。
沢山の人達と出会えまた助けていただいて、
今があるんだとしみじみ感じます。
感謝!! 感謝!!


                             「洋」
  「9月トーク」                平成19年9月1日


2007年8月14日〜16日
「西九州サイクリング」
真夏の強い太陽の日差しを体いっぱいにうけて
生月島へ

2泊3日の一人旅コースは・・・

1日目(8月14日)
長住を午前4時10分スタート。
まだ真っ暗である。

やよい坂〜現人橋(国道385号)〜
南畑ダム〜東背振トンネルを抜けて、
板屋峠を下り、東背振インターより
高速道脇を進む。

東からでたばかりの真っ赤な太陽を背に受けながら
西へと気分良く快調に走る。

途中、川があるが橋はなくて進めなくなったり、
何度か迂回しながら
鳥栖川久保線(県道31号線)へと方向チェンジ
大和インターから小城バイパス(国道263号)
佐賀金立公園、ショウブ園を右手にみながら(県道48号線)〜
多久市街(国道203号線)〜北方町馬神トンネル〜
武雄北方インター。

午前11時すぎ武雄市街の食堂で昼食。
朝早く出発したので、
今日初めてのまともな食事となる。

国道35号線を有田の方へ。
有田焼の街並みを見学。
お盆休みなので街並みは静かである。

今日のゴールは佐世保駅。
午後2時50分に着く。
10時間40分かけて121.6km走る。

今日は雲が多めにでたので、
日差しをさえぎられて助かる。

それからお宿さがし。
佐世保駅前の佐世保第一ホテル(ビジネスホテル)
が予約できた。


2日目(8月15日)
ホテルを午前4時55分スタート。
佐世保のコンビニで朝の食材と水を買う。
11号線を相浦方面へ。
雲一つない上天気である。
海岸線の複雑な海辺のコースを取り、
18号線を北上。

午前8時頃、
日本本土最西端地、神崎鼻に着く。
きれいな海と塩の香りが心地よい。

鹿町にでて18号〜204号線を
アップダウンのきびしいコースを通ると、
前方に真っ赤な平戸大橋見えてくる。
自転車は大橋通行料無料。

「わ〜平戸まで来たなー!」
大橋の上から眺める景色は海と空の色が同じで
どこまでも青く青く、すいこまれそう!
今までのつかれを癒してくれる。

平戸大橋をあとに19号線を。
ここも海岸線でアップダウンのきびしいところです。

荷物を積んだ自転車で走るには体力がいる。
太陽の日差しはきびしく、
水を飲んでも飲んでも蒸発するようだ!

何度目かの峠に差し掛かるともう自転車を押して、
下りになるまで歩く・・・

12時55分、
目標の生月島大橋を渡る。
(8時間かけて79.8km)

通行料はいらないが、
自転車は押して渡らなければなりません。
ここの大橋は青色で
海と空と島々が一体感をなしている。

今日のお宿は住の江旅館。
ここは予約しておきました。
午後2時30分頃着く。

暑いさなかなので旅館で休憩。
早く着いたけど気持ちよく迎えていただく。

午後3時30分ごろから生月島一周のサイクリング。
まず東側の道路を北に向かって進む。
またアップダウンのきびしいコースを大バエ灯台まで走る。
南北の細長い島で北端にある灯台からは
風力発電の風車や周囲の島々の景色が一望に見える。

今度は西側の広域農道を
きびしい西日を浴びながら走る。
島一周約20kmでした。

午後6時15分ころ
旅館に戻り、早速お風呂につかり
冷房の効いた部屋でビールでのどを潤す。
新鮮なお魚に鯨、お料理は残す物なく
美味しくいただきました。


3日目(8月16日)
午前3時起床3時55分旅館をスタート。
今日は生月島から一気にわが家まで帰るつもりである。

島はまだ真っ暗。
旅館をでて橋を目指して進んだつもりが
道に迷い1時間ほど島をうろうろ。
(まともに行くと20分くらいのところ)
早朝で人はいないし道を聞くにも聞けず、
やっと橋の明かりを見つける。

平戸〜田平〜松浦〜
伊万里湾岸大橋を抜けて
峠越え〜
唐津で午前11時45分になる。

浜玉市街より(午後2時30分頃)
七山越えのコースをとる。

ところがこの暑さ40.9度を記録した。
国内最高気温の日である。

2時間かけてゆるやかな坂道を馬川までたどりつく。
民家に立ち寄り道を尋ねると、
北山ダムまではまだまだあり、
自転車では大変でしょうとのこと。

昨日はアップダウンの洗礼を受け、
今日もこの暑さと荷物の重さと坂道で
体をいやと言うほどいじめている。
ここは引き返す勇気だと思い、
ここまで2時間かけて来た道を
アッと言う間の20分で浜玉まで戻る。

202号有料道を東へ進む〜
福岡前原道路下を走り〜
外環状線〜福大〜堤〜
長住ゴール。
午後7時55分。
16時間かけて199.1km走る・・・

トータル400.5kmの旅でした。


「今回のツーリング車一人旅で感じたこと」
*目的地をはっきり持つこと。
*暑さ対策はフロントバックに
 500mlペットボトル3本を冷凍にして
 濡れタオルをボトルに巻き付けておき、
 代わる代わる首に巻きつけかえると
 暑さをしのげ、顔や手などもふける!
*肌に直接太陽光線が当たらないように対策を考える!
 (日焼け止めクリーム必要。今回は茹でタコになる。)
*ツーリング車は上り坂にかかると
 重量(自転車と荷物で31kg)があるため、
 きついのでペタルが回らなくなる。
 そのため押して行くと脚の上下運動で筋肉をほぐし、
 下りはペタルが廻り安定して走れる。
 (押して行く事も必要である)
*ヘットライトは街灯もない田舎道を走るには
 旧タイプの裸電球の光が周囲の感覚と
 道路事情もわかりやすいし、自然にも優しい光である。
 今のLEDライトは車が多く街が明るい都会でのライトである。
 (攻撃的な威圧感を感じる光だ、しかしトンネルは最高)
 今度の旅でそのことが良くわかった。
*コンビニはオアシスである。
 涼しくて食料、ドリンク、水等栄養補給出来とても有り難い!
*少しの雲でも太陽光をさえぎると
 エネルギー消耗が助けられ、
 木陰の道を走ると力が出てくる。
 (天候により大きく変わる体の機能を
  身をもって知りました)


                             「洋」

大バエ灯台 生月島

生月島大橋
  「8月トーク」                平成19年8月1日


1963年〜1974年頃
「第13話 自転車屋人生の思い出」

日本製のいい自転車がよく売れた時代

フレームから部品までそれぞれの専門分野で
一生懸命研究してものを作っていた時代。
それでも互換性はあって、
作り手と乗り手が楽しめました。

当時はその良さがわからなかったけど、
今振り返って見て古いパーツをながめて見ると
手間暇かけて作られたのが伝わってきます。

今現在の製品は機能は数段よくなっています。
しかし心に思い出としてのこるのかな〜と・・・
ちょっと疑問を感じます。
これも時代が進んでいるのですね。

自転車もどんどん売れるようになり、
量産体勢になっていたころ
第一次石油ショック、トイレットペーパーがなくなる騒動・・・
日本全国民が何らかの危機感をいだいた日々でした。

これを境に物作りも大きく変わっていく!!
写真は40年前の旧店舗。
サイクリングで集まるのはほとんど子供達で
ドロップハンドルかセミドロップハンドルに乗っていた。

右にのびる道は福大方面だが何にもない。


                             「洋」
  「7月トーク」                平成19年7月3日


「ドライブとサイクリングと温泉」

*金立公園からサイクリング

6月4日
晴れ。
車に自転車をつんで
東背振トンネル(1411m)を越えて
佐賀市の「金立公園」までドライブ。

車から自転車をおろし組み立てて、
初夏の日差しの中、肌に草花の香りを感じながら
大和町の花しょうぶ園までサイクリングする。

見事にきれいな花たちが
私たち夫婦を迎えてくれる。
花畑の中での昼食は、少しの空腹と
心地よいつかれとがミックスして、
とてもうまい。

再び金立公園まで。
往復約20kmのサイクリングでした。

自転車を車につんで
「熊の川温泉」に向かってドライブ。
元湯熊の川浴場につかり、
三瀬トンネルを越えてわが家へ!!


*山包の道を走る

6月18日
曇り雨。
今日も車に自転車をつんで
県道31号線を久留米方面へと走り、
筑後川、片の瀬公園(赤い橋の下)に車を止めて
そこから筑後川サイクリング道路を走り、
途中から田主丸駅方面へと・・・

丁度田植えの時期で、
機械植した後の苗の手直しを
老夫婦の方が腰をかがめてしておられました。

私も子供の頃そんな経験があるので
ご苦労がよくわかります。
いつまでもお元気でと心の中で思いつつ、
耳納連山すそ野の山包の道(5.7km)へと走る。

ぶどう畑の青い実やびわの実の黄色(食べ頃)や
木々のみどりに包まれ、
自転車で走るのも気持ちよい。

今日の昼食は巨峰ワイン工場の山手にある
しゃれたレストラン「ワインの森ホイリゲ」
急斜面を自転車をおしてたどりつくと大雨になる。
雨音をききながら時間をかけた食事
美味しい!!
(空腹のガス欠に陥っていた)

雨もあがり、
再び自転車で掛け流しの天然温泉
「みのう山荘」に立ち寄る。
眺めのいいお風呂につかり気分最高!
そのころまた大雨になる。

自転車に乗るときは雨はやみ、
自然のリズムと行動できて楽しい1日でした。


                             「洋」
  「6月トーク」                平成19年6月2日


「炭坑節でおなじみの二本煙突見学」

産炭地として栄えた福岡県田川市のシンボルで
炭坑節にも歌われた二本煙突高さ45メートルが
来年100歳を迎える。

貴重な産業遺産である煙突は、
1908年(明治41年)
旧三井田川鉱伊田抗の巻き上げ機の排煙のため、
ドイツ製などの耐火れんが213,000個をつみあげて
建設されたものである。

「あんまり煙突が高いので
 さぞやお月さんけむたかろう」

と炭坑節にも歌われ、
国内有数の年間100万トンを出炭した炭都、
田川の象徴として今も市民に親しまれている。

1964年に同抗は閉山。
全国各地でも炭坑施設が次々と取り壊される中、
二本煙突は田川の最盛期を伝える遺構として生き残り、
後世へ残し保存されていかれることでしょう。

コース・・・
JR福間駅から車で〜
内殿〜三坂峠〜山口川〜遠賀川〜
赤池町〜中之寺川〜田川
(約47km)


                             「洋」


撮影 : 5月21日 舩越
  「5月トーク」                平成19年5月7日


「健脚組サイクリングとドライブコース」

東背振トンネル開通により
佐賀県吉野ヶ里遺跡まで近くなりました。

コースは、
博多湾の那珂川下流〜博多中州〜那珂川に沿って〜
美野島〜大橋〜385号線を現人橋〜松尾橋〜
那珂川上流の南畑ダムにたどり着く。

ここまで(約24km)来ると体にも負荷がかかり、
空気も美味しくなる。

佐賀橋〜東背振トンネルを抜けると、
さざんか千坊館展望台にたどり着く。

眼下に広がる佐賀平野を望むと、
自然の恵みを受けて
疲れも心地よさに変わってくる。

吉野ヶ里遺跡までは下り坂と
平たんな田園風景が広がり、
いつのまにかたどり着いた。

トータル約41km。
途中にひがしせふり温泉「山茶花の湯」もあり、
近くて楽しめるコースになりました。


                             「洋」


吉野ヶ里歴史公園内
物見櫓と支配者層の住まい
  「4月トーク」                平成19年4月7日


「朝の自転車トレーニング」

早起き早寝を心がけると、
自然と時間の大切さを学ぶことができる。

真冬は朝日の出る前はとても冷え込む。
手袋だけでも厚手のウィンターグローブと
インナーに軍手を重ねて、
それでも手がしびれる。

3月になるとフルフィンガーグローブ、
4月になってやっと指切りグローブと
季節の移り変わりがよくわかる。

東の空を見るのが楽しい。
毎日表情が変わる。

それは真っ赤に染まった太陽だったり
雲のすき間から見えるオレンジ色のような太陽、
霧でぼやけた太陽、
黄砂でさびしそうな太陽。

太陽から照らしだされた木々の影絵など・・・
月のあかりも感動ものだ。

4月1日櫻の花は満開。
今年は山の上の方から咲き始めたようです。
これも暖冬と関係があるのかな?

いろいろな小鳥たちの合唱。
その中でもウグイスの鳴き声を耳にする。
ホーホケキョ〜〜と普通は聞こえるのですが、
今日耳にしたのは
ホーキョキョと、まだトレーニング不足なのか、
一生懸命鳴いているがほほえましい。

4月になると
自然の生き物たちや草花から木々にいたるまで、
また人々までが眠りからさめたようで活発になってくる。


                             「洋」
  「3月トーク」                平成19年3月11日


「第12話 自転車屋人生の思い出」

1973年8月5日〜6日
壱岐ファミリーサイクリングツアー

ブリヂストンサイクル主催
「一泊二日のファミリーサイクリング」。

初めての企画で、リーダーが全員集まり
6月に講習会がおこなわれる。

壱岐は皆初めての人たちで、
わかっているのは「坂道が険しい」ということだけ。
そこでメンバーの皆さんと本番に向かって
油山で走りの練習をしていました。


8月5日
大型フェリーを貸し切り、
博多港を午前9時出航。
壱岐に11時30分に着く。

真夏の太陽の下、
海はどこまでも澄み切ったエメラルドグリーン。
空気をお腹いっぱいすってみる。
ああうまい・・・

私のグループAの5班は
小学生3名、中学生4名、高校生2名、大人2名、
みんなで11名参加する。

まだ信号機もない自然そのまんまである。

一日目は島内をみんなでサイクリング。
そして夜になると旅館の部屋にグループ別に泊まり、
枕投げなどしてにぎわったものである。

次の日は早朝サイクリングをして海水浴を楽しむ。

今から34年前のこと。
今思えばクルマも少ないし、
まだ時間の流れもゆるやかで
のんびりしていたように思う。

現在はパソコン、携帯電話、
文明はどんどん進んでいるけど、
時間におわれる毎日のようだ。
このような流れは今後も続くでしょうね。


社会面では
1973年(昭和48年)
今年はどんな年になるだろう!!
人類が生きていくかぎり
自然との調和がとれていかねばならない。
新聞各紙に地球のことについて書かれている。

中でもフクニチ新聞では
「地球に危機がやってくる」というタイトルで
毎日連載される。

今思えば30数年後の今日それが現実のように思える。
今後30年後どのようになっているでしょう?


1973年(昭和48年)1月24日(水)
 ベトナム戦争終わる。

1973年(昭和48年)9月1日(土)
 関東大震災から50年目なる。

1973年(昭和48年)11月14日(木)
 関門橋開通。
 海峡ハイウェー時代幕開け


                             「洋」
  「2月トーク」                平成19年2月2日


「第11話 自転車屋人生の想い出」

1970年代初めのころ
みかん狩りサイクリング活動始める

1970年元旦
初日の出を見て感じたこと。
私がこの地球上に誕生して30年
これから先がんばるぞという血気さかんな時、
日本国内はもちろん全世界が
大きく変わっていくことであろうと
体全身に感じとれる。

私も変わって行くだろうと販売にも力を入れていて、
当時まだスーパーにも自転車が売られてない時代に
スーパーの店頭を借りて展示会、
チラシをまいて宣伝をしたり、
店を知って頂くためのパンフレットなど
ポストに手配りしていました。
出張修理なども、開店3年目のころはじめた。

まだこのころの売れ筋は子供自転車主体で
大人は自転車よりオートバイに目が向いていたようです。

しかし親子で自転車の楽しみ方はないかな〜と考え、
みかん狩りサイクリングを思い立ち、
私の実家にはミカン山がありそちらの方へ・・・。

小学生〜中学生〜大人まで往復50kmの道のりを
家族ぐるみで年中行事にしました。

そこには自然がいっぱいで、
おいしい水、空気、太陽の下でぶた汁など作り、
みんなでおなかいっぱい食べていました。
おわん、おはしなども竹を切って作ったり、
またリレーなど運動会もして
自然とのたわむれをみんなで楽しんでいたようです。


社会面では
1970年(昭和45年)3月31日(火)
 よど号ハイジャック事件

1972年(昭和47年)2月2日(水)
 横井軍曹、ただいま帰りました。
 31年ぶり故国の土

1972年(昭和47年)7月5日(水)
 天下を取った現代の秀吉
 自民新総裁に田中角栄氏にきまる。

1972年(昭和47年)9月29日(金)
 共同声明に歴史的調印日中国交なる。
 (1ドル308円の頃)


                             「洋」
  「1月トーク」                平成19年1月1日


「第10話 自転車屋人生の思い出」

サイクリング活動始める

(1960年代のころ)
開店半年目 初めてのサイクリング

1968年(昭和43年)3月26日(火)晴れ
結婚して1ヶ月。
私28才、妻19才

目的地・・・筑紫耶馬渓、今の南畑ダム

当時小学生ばかり16名を引き連れて、
リーダー役を引き受けてくれた
高校生の平山君、西丸君、荒木君の3人が
うまくサポートしてくれた。

私と妻は軽トラックでサポートしていく。
途中、未だアスファルトになってないところもあり、
小学生にとっては厳しいコースだったでしょう。

それでも無事ダムまでたどり着いて、
ダムの下の広場で子ども達と一緒に弁当を食べ、
サイクリングを味合う
楽しい1日を過ごしました。


1969年(昭和44年)7月20日(日)
サイクリングと海水浴。
生の松原海水浴場まで小学6年生4人を連れて
サイクリングをして泳ぐといった遊びを
平気でやっていた頃を思い出します。
若さだったのでしょう。
みんな未来に向かって明るく輝いていました。

今の子ども達の生活環境と
大人社会の生活リズムも大きく変わり、
文明は進んだけど、
ゆとりのない時代になってきたなー
と感じるこのごろであります。


社会面では
1969年(昭和44年)7月21日(月)
 月に着いた!歩いた!!
 地球人ついに月を歩く!
 アポロ11号「静かな海」に着陸。
 この1歩は小さいが「人類の偉大な躍進」
 ア船長が第一声
 まるで砂漠の上炭粉のような月面
 軽々と飛び歩く月ほこり舞う荒野!
 時のトリオ

 アームストロング船長
 コリンズ母船パイロット
 オルドリン着陸船パイロット


                             「洋」


「南畑ダムに向かって」


「生の松原海水浴場」
  「12月トーク」                平成18年12月15日


2006年8月14日〜20日
「日本海(直江津港)〜太平洋(清水港)」サイクリング

(つづき)

第四ステージ8月18日(金)
午前3時15分起床。
民宿諏訪湖莊を午前4時40分スタート。

まだ夜明け前で外は真っ暗。
女将さんの見送りで小雨の中を
太平洋めざしてペタルを踏み込む。

15kmほど雨にうたれて進むと
峠道にコンビニがあり、
パンと牛乳を買ってエネルギー源にする。
そのあたりから雨もあがり快調に走り出す。

ところが、
午前8時頃、韮崎少し手前で後車輪がパンクする。
チューブを取り替えて
ホース付きのフレームポンプで空気を入れるけど
乗れる状態までなかなか入らない。

それでも炎天下のなかでこん身の力をふりしぼり
やっと乗れる状態にする。

トータルで90kg支えなければならない。
前車輪に体重をかけながら走る。
途中ガソリンスタンドに立ち寄り空気を補充する。
これで安心して走れるようになる。

午前11時10分頃、
昼食にそばにとろろ汁をたべ、
清水港に向かって走り出す。

右手に南アルプスをながめながら走り、
朝の雨はうそのようで
かんかん照りの真夏の太陽がまぶしい。
気温もどんどんあがり、
私の走りを阻むようだ。

山梨、静岡の県境あたり二つの峠が
また私に試練を与えているようだ。
坂道では6kmほどしかでないスピード。
ペタル、クランクの回転力が
だんだん疲労で回らなくなり、
上下運動の歩いて押していく方が楽のようだ。

峠までやっとたどりつき、
下りは45km位のスピードで
気持ちよく坂道を下り、
疲れを癒してくれる。
その繰り返しで午後4時40分丁度、
12時間で諏訪湖から清水港まで143.3km。
ついに10年前からの思いを成功する。

清水駅近くの清水シティホテルを今夜の宿として、
夕食は午後7時頃ホテル近くの大庄というところで、
今日のビールは格別のものだ。
一人で食事をしてるけどうまい。

この達成感は生涯忘れることは出来ないだろう。
自分の心に素直になれたところである。


第五ステージ8月19日(土)
午前5時起床。
富士山を見るためホテルから清水港の方へ散歩する。
午前6時から約30分間ほど傘雲がかかった状態で見えた。

今日は目標達成していい気分で
午前10時ころから三保の松原を廻り、
太平洋の荒波を左手に見ながら一路
静岡の石川サイクルさんを目指す。

午後1時頃到着、
店主の石川さんに出迎えていただいた。

ランドナーをここで分解し
用意してもらった段ボール箱に詰め込み
佐川急便で自宅まで送る手配を済ませた。
静岡駅まで石川さんに送っていただき、
いろいろありがとうございました。

新幹線で体一つで名古屋にいる子供のところに今日泊めてもらい、
手作り料理でもてなされ、
とても幸せな環境にいるのだなあーと
うれしく感謝してる。


8月20日(日)
午後1時54分発のぞみ〜午後5時30分博多駅着
わが家へ無事ゴールしました。


おかげさまで今回の旅も、
一人旅でいろいろな人との出会いで
自分自身で汗していることから、
感謝の気持ち・素直な気持ち・謙虚な気持ちが
少しずつわかるような気がします。

これからも前向きで、
「がんばらなくて続ける」
を私のモットーにして、
いろいろなことにチャレンジしていきたいと思います。

諏訪湖〜茅野20号線(甲州街道)韮崎〜
南アルプス52号線(冨士川街道)〜清水港(太平洋)

トータル402kmの旅は終る。


                             「洋」


パンクの修理は大変だった。


ゴールの清水港にて
  「11月トーク」                平成18年11月5日


2006年8月14日〜20日
「日本海(直江津港)〜太平洋(清水港」サイクリング

(つづき)

8月16日(水)
午前3時30分起床。
朝食は朝早い出発なので
夕べからおにぎりを作っていただいく。
勝手に冷蔵庫の中からとりだして
冷たいお茶をボトルに入れ、
みなと莊を5時スタート。

夜明け前の海岸線を糸魚川方面に向かって走り出す。
国道8号線沿いにJR跡地を利用した
サイクリングロード(約40km)があり、
トンネルの中は冷気が漂いひんやりする。

右手には日本海を見ながら
心地よい自転車の旅が始まる。

ここらで朝食にしようか・・・
おにぎりがとてもうまい!
もう50km位走っているだろう。
これから先は自転車で走るには最大の難所である
上越〜糸魚川国道148号線(松本街道)〜白馬まで・・・

トンネル、大型トレーラー、
アップダウンが多く、気を抜く間もなく、
まさに殺人コースだ。

この区間のトンネルは2500m級が2本、
それに大小あわせて30本以上はある。
それでも途中、
北アルプスの山々をみながら走る光景は
つかれを癒してくれる。
真夏というのにまだ雪が残っているのを見ると、
ホッとするね。

そこで出会った高校生二人組、折橋君と矢彦澤君、
彼らは直江津〜長野県塩尻市の自宅まで帰るところで
ロードレーサーに乗っている。

ちょうどトンネルにさしかかる手前で偶然出会う。
私はランドナーで荷物を沢山積んで走っているので
びっくりした様子。
年の差も48才も開いていて、親子以上である。

小谷(おたり)道の駅で
彼らと裸のおつき合いで露天風呂に入り、
食事をして今日のお宿まで一緒に走る。

この第二ステージは難所コースで
彼らのおかげで無事走れた

白馬の「民宿かくひら館」に午後4時に着く。
若女将さんが気持ちよく迎えてくれる。
早速お風呂につかり汗を流す。
タイミング良く女将さんが
ビールとおつまみを差し出してくれて、
とてもうまい!!

今日無事走れたことと風呂あがりのビールは格別だ。

今日走った距離は105.8kmでした。


8月17日(木)
午前3時30分起床。
朝が早いので若女将さんの手作りで
コーヒーとパンでかるくいただく。
また途中で食べられるようにとおにぎりとおかず
それにキュウリの四つ切りにみそをパックしていただく。

第三ステージは白馬かくひら館を
5時10分スタート。

まもなく白馬の街並みを抜けた頃、
26才になる渡辺君と出会う。
彼もロードレーサーで
直江津を午前1時に出て名古屋に帰るそうだ。
方向が同じなので諏訪湖まで一緒に走る。

夏の日差しが強く、水分補給もかかせない。
体が塩分を要求してくる。
そこでキュウリにみそをつけて食べると、
これがうまい!
これからの走りに元気が出てきた。
諏訪湖に入る前の塩尻峠の長い坂道でも上りきれた。

さすが若女将さん、
そのことがわかっておられたのですね・・・
ありがとうございました。

今日のコースは、
白馬〜大町国道147号線〜松本〜諏訪湖。

お宿さがしをして「民宿すわ湖」にする。
大きな荷物をおろして、
シューズもビンディングから歩き用に履き替え
渡辺君とリラックス気分で諏訪湖一周17km走る。

途中で雲行きが怪しくなり大雨にあう。

今日走った距離は117.5kmでした。

次回につづく。

「白馬の民宿 かくひら館」
アドレスはhttp://kakuhirakan.wixsite.com/kakuhira


                             「洋」


「難所の白馬に向かって」


「塩尻峠 下れば諏訪湖」
  「10月トーク」                平成18年10月1日


2006年8月14日〜20日
「日本海(直江津港)〜太平洋(清水港)」サイクリング

丁度10年前から計画してたことが
実行の時を迎える。
1年前は敦賀港〜名古屋港を完走できた。
今年も一人旅サイクリングで出会いを楽しみに!

装備はランドナー車に
フロントバック、リヤー両サイドバック、
リュック、傘、銀マット、他に生活用具一式と
サイクリングに必要な物をバックにつめた。
自転車の総重量30kgになる。


8月14日
午後7時
わが家をスタート。
博多港より東日本フェリー
ニューれいんぼうベル11000トン。
大型トラックがほとんどで
それに乗用車が積み込まれていく。
またオートバイ1台と自転車は
私のランドナー車1台だけ乗船する。
お盆で満席である。

船室は2等寝台でゆったりしている。

午後10時、
船は博多港より暗闇の中をゆっくり港を離れていく。
船内は広々としてお風呂も大きい。
これから20時間の船旅の始まり。


午前4時40分起床。
東の空が明るくなるが、
日の出は水平線に雲がかかっているので
5時40分頃見られる。
360度海ばかりで島影一つ見えない。

日本海はひろいなあ〜地球はまるいな〜と
立体的に体で感じとれた。

午後4時ころ
太陽も西に傾き、能登半島が目の前に大きく見えるころ、
船は湾内を右へ旋回して直江津港に入り、
タグボートによって岸壁に接岸された。
このような大きな船は
自力では港に横付けできないのだなーと思った。

船はまったくゆれず、
甲板にでるとスピードがでてるせいか
手すりを持ってないと吹き飛ばされそうだった。

しかし快適な船旅でした。


15日
午後6時30分直江津港着下船。
ランドナーに乗って
夕暮れの中を今日のお宿みなと莊へ。

次回へつづく。


                             「洋」


「コースイメージ」


「陸は全く見えず、海の真ん中にいる」
  「9月トーク」                平成18年9月1日


「第9話 自転車屋人生の想い出」

店を開くのと結婚(開店1年目のこと)

1967年(昭和42年)10月1日開店。
1968年(昭和43年)2月9日結婚。

店を開くということは、
すべての責任が自分に押し寄せてくる。
それでもそこをクリヤーしないと前に進まない。

当時、自転車防犯登録指定店になるには
まず自転車組合の同意と手続きが必要。
交番前で組合員と街頭登録など実績を積み、
申請して許可がとれるまで14ヶ月かかった。
古物商の許可をとるのも大変だった。

また電話を取り付けるにも新興住宅地なので
電話回線が少なくすぐに付かなくて、
大家さんのところへ借りにいっていました。

電話機がとりつけられたのは
開店して3ヶ月後になる。

今では携帯電話、インターネットの時代で
情報が手に取るようにわかる。
夢のようである。

当時の行政は高飛車で、
何事も手続きに手間暇かかる時代でした。
今から39年前の話・・・

開店して5ヶ月後に結婚。
二人力をあわせて自転車について勉強していく。

東京オリンピック後スポーツもさかんになり、
自転車も負けずに荷物を運ぶ時代から
ドロップハンドルに変速付きが出回るようになる。
いわゆるスポーツ車である。

わが家では新しい生活を始めるため、
洗濯機、冷蔵庫、アイロン、掃除機、
ラジオ、テレビ、など
必要家電製品を買いそろえる。

子供(長男)生まれる

新婚私の生活信条
1)健康で明るい生活を築く
2)幸せな生活は愛情と経済力を高める
3)夫婦円満な家庭にすること

社会面では
*ベトナム戦争の時代
*米原子力空母エンタープライズ(75000トン)
 佐世保港に初入港
*アポロ8号 月に向けて打ち上げ
*アメリカ大統領 ニクソン氏にきまる
*皇太子、美智子妃 油山にお立ち寄り
*メキシコオリンピック重量挙げ 三宅義信選手が金メダル
*ボクシング ファイテング原田の時代


                             「洋」
  「8月トーク」                平成18年8月6日


6月22日〜6月26日
「富士山を見に行こう」

(つづき)

名古屋をでて、
(この時は朝から青空の強い日差しだ)
東名高速道を初めて走る。

富士インターより139号線に入り、
白糸の滝〜青木ヶ原〜風穴、氷穴を見学し、
富士五湖周辺をドライブ。

富士山に近づくほど厚い雲に覆われ、
まだ富士山は姿を見せてくれない。

今日のお宿はラフォーレ山中湖。
早速お風呂に入り心地よい気分になる。
(夜は寒い)


25日
朝から曇り。
見えない!!
後ろ髪引かれながら柿田川自然公園へ。
ここは富士山からの湧水で
平地の至る所から水が湧き上がり、
上から見ると吸い込まれそうになるところもある。

沼津〜伊豆修善寺温泉で
新しくできた町営の温泉風呂に入る。
(誰もいなくて貸し切りだ)

とうとう雨が降り出し土肥温泉へ。

今日のお宿は湯の花亭。
目の前が海で館内はすべて畳敷きで
エレベーターの中からお風呂の湯船の中まで
畳、畳、で・・・圧倒された。
そこまでするか!


26日
早朝、砂浜をゆかたの裾をからげ
裸足で1時間歩く。
気持ちが良い。
波の音と歩く歩調は心地良いリズムである。

土肥港〜駿河湾フェリーで清水港へ65分の船旅。
(ハプニング!部屋の金庫に財布忘れ間一髪)

天気が良ければ
富士山をひとりじめ出来ていたのに
昨日に増しての雨。

次郎長でおなじみの三保の松原。
ここからの富士山を見たさに
今回の旅となったのに、残念!

一度では見せないよ。またきんしゃい。
ということかな?

それに羽衣の松がこことはしらなんだ。
清水すし横町でにぎりを食べ、
一路名古屋まで174km。
全行程車で600km以上走る。

息子よお疲れさんでした。

仕上げにセントレアの展望風呂で一風呂浴びる。

今回の旅もいい旅でした。
子供達の協力に感謝感謝。


                             「洋」
  「7月トーク」                平成18年7月2日


6月22日〜6月26日
「富士山を見に行こう」
(この梅雨時に)

22日
午後9時30分
天神発夜行バス〜京都まで。
(我が家の好きな移動コース)
乗車した人はわずか5名。


23日
午前7時5分京都着。
琵琶湖線で近江八幡駅下車。
(あきんどの里)をレンタ−サイクルで町並みを見学。
日本式経営は近江商人が原点。
静かさと自然空間、心が和む。
このような環境は
これから先必要と感じ取れます。

八幡山ロープウェイでの乗客は私たち2人。
やっぱり平日はいいなー。

ここ八幡城は豊臣秀次が築き、
城下町を開いて近江八幡を商都として繁栄させるのに
大きく貢献したそうです。

因みに秀次は秀吉の姉の子として生まれ、
秀吉の養子になり、一度は関白となるが
秀頼の誕生により後継者を巡り
自害させられました。
享年28才。
この若さでかわいそう......。

「たねや」のケーキ美味しかった!

さて次は能登川駅下車バスで五個莊(ごかしょう)へ。
白壁の町並みと
築150年以上の日本建築近江商人蔵家敷など見学。
時間があれば伊吹山に登るつもりが
時間も足りず、すっかり忘れてしまい
養老線池野駅下車。
長男の家へ。

午後6時頃着。
そこから車で名古屋まで。
今日のお宿は次男の家。

家族そろって食事をする。


24日
朝から強い日差しの良い天気。
午前8時40分名古屋〜東名高速道を走り、
目指すは富士山。

つづく。

おたのしみに!


                             「洋」
  「5月トーク」                平成18年6月4日


「第8話 自転車屋人生の思い出」

ランドナーと私

自転車もいろんな目的に合わせて作られています。
そんな車種の中で
今まで私が携わってきたものを上げてみました。

実用車、運搬車、軽快車、三輪車、四輪車、
婦人車、子供車、一輪車、折りたたみ車

ピスト、ミキスト、ランドナー、スポルティーフ、
ロードレーサー、シクロクロス、パスハンター

タンデム、BMX、BTR、MTB、ATB

長年、自転車と生活してきた私は
ランドナーが一番気に入っている。

これは日本の風土にあった乗り物だと思います。
自然、神社、お寺、古い町並み、林道など・・・
光 風 薫り 空気 水 音 気温 等を
体いっぱいに受けながらマイペースで走れる。

これは時間と心の贅沢であり、
いろんなアイディアも湧いてくる・・・。
まさに至福の時だ!!


                             「洋」
  「4月トーク」                平成18年4月5日


「第7話 自転車屋人生の思い出」

1955〜1967(昭和30年4月〜昭和42年9月)
12年6ヶ月の自転車・オートバイの修行生活を卒業して、
1967(昭和42年10月)
念願の夢、目標であった自転車店を開店。
独身の27歳でした。

店はテナント、
当時借りるには貸し手市場で中々よい場所にはなく、
3カ所ほど候補地を見つけているところへ、
ちょうど兄が横浜から帰ってきてたので見てもらう。

ここならよかろ、という所を借りるため
不動産屋さんに行きました。

そこで、私の手を見て、
「あなたならお貸ししましょう」と言われ、
手作業で鍛えた手を見抜かれたのでした。
これが信用というものだと。

テナント、そしてお金を借りることが出来て一人前と、
大人社会を感じました。

いよいよ自分の力で道を切り開いていかねばと
強い気持ちで今まで修行してきたことを
今度は自分の店で発表することとなりました。

また、いろいろ創意工夫をして、
毎日が自分の思う通りに出来ていくのが
面白くなっていきました。

店番には母親や叔父さんにきて頂いたことに、
今でも感謝しています。

そんな中、店番と食事を用意してくれる人と、
・・・「お見合い」をして、
開店5ヶ月目に結婚しました。
私の28歳の誕生日でした。

今度は、二人力を合わせて頑張っていく。


                             「洋」
  「3月トーク」                平成18年3月1日


「第6話 自転車屋人生の思い出」

1964年
第18回オリンピック東京大会

自転車も実用車の時代からスポーツ車の時代へ。
日本経済も国内生産に力がつきはじめ、
少しづつ生活にゆとりがでてきた頃、
東京がオリンピック開催地になり
スポーツに対する理解とテレビもカラー化の時代へ。

また自転車もサイクリングブームになり、
そのころからドロップハンドル、
外装変速機付きスポーツ車が
国内でも出回るようになる。

フレーム、パーツなどヨーロッパのものを意識し、
相当研究されて国産品として作られていく・・・。

オリンピック東京大会では
自転車競技も華々しくおこなわれ、
海外からは目当たらしい競技用自転車が持ち込まれる。
競技内容も始めて目にするものばかり・・・

*チームタイムトライアルロードレース
*1000mタイムトライアル
*スクラッチレース
*4000m団体追抜レース
*タンデムスクラッチレース
*個人ロードレース

などがおこなわれ、
その中でも自転車競技の花、
個人ロードレースは
10月22日の
最終日東京八王子ロードレースコース(甲州街道付近)
1周24.354kmを8周トータルで195q、
1国4名45ヶ国132名の
参加各国色とりどりのユニホームで
スタート付近はまるで花が咲いたようだ。

まだ当時はヘルメットなしの無帽、
またはレーサーキャップ、カスクなど
そして雨天の中でのレース落車も多く、
失格及棄権者は46人にものぼる。

そんな中でのちにツールド・フランスで活躍した
メルクス(ベルギー)12位、
ジモンデイ(イタリア)33位
日本からは大宮選手36位で大健闘する。

当時の平均時速約41q、
53x14のギヤで回している。


 「繰り返しの連続である単調な練習こそが

  大切なのだということを自覚し、

  更に、限界と思われる練習の壁を破れば、

  その先には必ず栄光がまっています。」

     ----------------------大宮政志


                             「洋」
  「2月トーク」                平成18年2月1日


「第5話 自転車屋人生の思い出」

ボディビルとの出会い

私が17歳の頃の真夏のある日、目にしたのが
事務職で30歳代の男性で華奢な顔立ちだが
弱々しい雰囲気の人が
突然、私の前でネクタイをはずし、
カッターシャツを脱ぐや上半身裸になり、
水道の蛇口をひねるなり体を洗い
タオルで拭いているその肉体は、
筋骨隆々。

表からはわからない、
世の中にはこのようなひとがいるのか・・・。

何も知らない私が話しかけると、
「これはトレーニングすれば誰でもなるよ」との言葉に、
私もやる気が出ました。

数日後、
本当にやってみようと思い、
その方を訪ね、手ほどきを受ける。

まず、ダンベルを
当時粉ミルクが入っていた空き缶を利用して、
鉄パイプを通しセメントで固めたものを2個作る。

それから毎日のように仕事が終わった後トレーニング。
少しずつ筋肉の表情が変わってくるのが楽しみでした。

次は、バーベル、ベンチプレス台、腹筋台を木で作り、
ボディビルの虜になる。

また映画などで、
ヘラクレスなどギリシャ神話に出てくる剣闘士洋画は
ほとんどみました。
邦画では、石原裕次郎世代でした。

1963年12月1日には新博多駅が開業、
当時23歳のそのころから本格的にジムにも通い
ダンベル、バーベルも本物をそろえました。

そのような生活の中で、
近所の住み込み店員さん達が集まり、
トレーニングに汗を流す毎日でした。
当時は皆純粋で、明日に希望を持っていました。

今振り返ると、
「人との出会いが運命を変える」とは、
本当だなと、身をもって感じています。


                             「洋」
  「1月トーク」                平成18年1月1日


「はつ春」

毎年新年を迎えるごとに気分一新。
これからしていきたいこと
希望などを考える。

その中でも仕事のこと、
これからの人生観など・・・。

一人旅を続けていきたいね。
日本の伝統と文化の街を見聞し、
心の豊かさをもとめて・・・。

世の中ネット時代ですが、
昔から培ってきた自然の中の営みなど、
ホッとさせられるところがある。

 「温故知新」


                             「洋」
  「12月トーク」                平成17年12月8日


「第4話 自転車屋人生の思い出」

情報は閉ざされて、
まだテレビ、冷暖房なしの時代。
しもやけ、あかぎれ、
自分の体をいためながらの毎日。

ラジオはあるけど聴いてはだめ。
今は情報社会、当時はその反対で
情報は閉ざされていました。

そのようなある日、
大学生の方から約8pもある
分厚い百科辞典をいただきました。
これを覚えれば大学出の人には負けませんよ、
と言われました。

うれしく思い、
私を見ていてくださったのだな〜・・・
励みになりました。

18才のころ、
学問をしてない私は腕で勝負という思いでした。
当時は東京まで行くのに遠くて、
交通機関も時間がかかっていましたが、
今は宇宙旅行も夢ではない時代です。

時代はどんどん進み、
自転車〜バイク〜自動車へと世の中はかわっているのに
将来自転車はなくなるのではと不安がいっぱい。・・・
そこでバイクも勉強しました。

それでも少しづつ自転車がすきになりはじめ、
23才のころ、自転車のルーツはフランスだと思い、
その時、目にしたのはスライド写真で(モノクロでしたが)
かっこよくスマートにスポーツ車にまたがり、
私もああなりたい、そして一度本場をぜひ見たい、
という気持ちに引き込まれ、
希望がわいてきました。


                             「洋」
  「11月トーク」                平成17年11月5日


「第3話 自転車屋人生の思い出」

住み込み修業の道のりは険しく、
辛抱すること。
本業の仕事よりも家の中のこと。
畳の拭き掃除から風呂掃除、風呂沸かし。

当時の風呂は石炭で沸かしていたので、
種火から火種を消さないように
みんなが入り終わるまでが大変である。

一度種火が消えると、また初めから火をつけ、
火力が出るまで時間もかかるし、苦労する。
みんな一気に入ってくれたらなーと、
つねづね思ったものです。

3年間の修行を経て、
実用車の新しいのを組み立てることが出来ました。
木箱に入った2本のフレームに紙テープがまかれ、
ガッチリした梱包である。

パーツ類はみなバラバラで、ホイル組から、
またフレームには仮組立のハンドルを取り付け
それを逆さまにして組み付けていました。
その仮のハンドルは地面に接するところは、
穴があくほどになっていました。

それだけ道具として修理などにも使われた物です。


                             「洋」
  「10月トーク」                平成17年10月1日


8月14日〜8月20日
「日本海(敦賀港)〜太平洋(名古屋港)サイクリング」 終章

8月17日晴れ
午前6時出発。
第3ステージは
横山ダム〜大垣〜関ヶ原〜養老〜
養老の滝〜長島〜名古屋港〜桑名・・・

スタートは揖斐川上流から右岸コース南へ走る。
川と森と美味しい空気に包まれ、朝靄の中を気持ちよく走る。

6時30分頃、人、車も見かけない所で
ラジオ体操の音楽が心地よく流れてくる。
ほのぼのとした気分心豊かになる。
自然が私に応援しているようだ。

大垣まで32q21号線〜旧中仙道を走り、
関ヶ原まで50q。
午前10時30分頃着く。

古戦場など見学して昼食をとる。

一息入れて11時30分養老町に向かって走り出す。
日ざしもだんだん強くなってくる。
水分、糖分、塩分(梅干し)をとりながら、
また日ざし対策をし、養老の滝へと向かう。

脇道から入ったのかなかなか瀧まで着かない、
途中自転車を押しながら登って行く。
茶店に立ち寄り、冷たい氷水をいただく。
親切にしていただいた・・・

ここが今日のゴールでないので、
あと1qくらいで登るのをあきらめる。
68qまで進んでいる。

またひとふんばりしてペタルを回す。
午後5時、目的の名古屋港にゴール。

敦賀港をでて
2日で200q走り、
目標達成する。

それから宿さがしに桑名まで走る。
万博のせいでホテルの空きがなく、
やっと探し出したセントラルホテルに
午後6時に着き、今日の宿にする。

朝6時に出て夜6時まで走り、
12時間かけて120km走った。

夕食はホテルの部屋でゆっくりするため
APITA(コンビニの大きい店)で食事を調達する。


8月18日晴れ
桑名のホテルを午前9時30分出発。
第4ステージ。

好天気の中、
桑名のハマグリで有名な街をあとにして
国道1号線を東に向かって走り出す。

目標は昨日達成してるので今日はいい気分である。
名古屋駅に着いたのが午後2時10分。
名古屋城を見学。
朝スタートして32q。

今日の宿は千種区の次男の家をめざして
都会の中をランドナーのペタルを軽やかに回しながら
午後4時45分到着43q走る・・・。

早速シャワーを浴びて荷物の整理をする。
意外と疲れていない元気である。
ビールはうまいし食欲もある。


8月19日晴れ
午前7時30分
第5ステージ。

名古屋市内を散歩気分で約10kmほど走る。

これで今回の自転車の旅は終わる。
サワイサイクル店にお世話になり、
ランドナー車を分解箱詰めにする。
お店の方から送っていただく。

午後9時30分発名鉄バスセンターより
夜行バスで福岡天神バスセンターまで。
明けて20日午前9時
我が家にゴール・・・

14日の出発の見送りに三男夫婦。
19日の帰りの見送りに次男夫婦。
ゴールは妻が。

それにみなさんの心からのご協力により
楽しい思い出がいっぱいの旅ができたことに感謝します。


                             「洋」
  「9月トーク」                平成17年9月2日


8月14日〜8月20日
「日本海(敦賀港)〜太平洋(名古屋港)サイクリング」
1940年2月9日生まれの65才

8月14日
福岡天神午後9時発夜行バス。
京都八条口に
15日午前7時10分着。

JR東海道線で琵琶湖東北側の街、長浜で下車。
旧北国街道沿いに広がる長浜の中心街
ガス灯や建物レトロな雰囲気が漂う・・・
ホッとする気分になる。

この街は2006年(NHK大河ドラマ山内一豊)の舞台になる。
またこれからサイクリングコースの関ヶ原も・・・

敦賀駅に正午ころ着く。
雨が降り出し、駅前食堂で昼食を取り
敦賀のわたなべ旅館を歩いて捜す。

旅館では九州から送っていたランドナー車を組み立てて
第1ステージ。
午後2時〜約3時間ほど大雨の中を
気比の松原〜敦賀港〜市内
約15qほど走り、街を見て廻る。


8月16日曇り晴れ
いよいよサイクリング本番スタート。
雨もあがり旅館を午前6時出発。
第2ステージは
敦賀〜木之元〜八草峠〜横山ダムまで。

国道303号線を途中景色見ながら、
また夕べ迄の大雨により、
川は赤土色に染まり濁流と化していた。

山岳コースの八草峠はトンネルを通らず、
通行止めになっていた旧道に入る。
道幅は2mほどのところもあり、
途中土砂崩れあり岩が転がり、
水が川のように流れるところあり、
薄暗い峠道はだれ一人あわず
時折、木陰から急に鳥たちが飛び出し音をたて、
恐い感じ・・・

それでもゴールめざして
自転車と荷物で30kgあるのを
押したり、乗ったりしながら
横山ダムには午後2時頃着く。

83qの道のりを8時間かけてゴール。

やったー・・・感動する。
この日は私の子供の長男の家に泊まり、
親子でお酒をくみかわし、心身共いい気分で食事を取る。

親子水入らずのひとときを過ごす。

つづく。


                             「洋」
  「8月トーク」                平成17年8月1日


7月16日〜19日 夏休み
「親子旅行」
(名古屋〜岐阜)

福岡空港〜中部国際空港〜熱田神宮〜岐阜駅へ。

そこから車で揖斐川上流の横山ダムへ。
また、その上の日本一大きいダムを
建設中の工事現場を見学。

もう水が貯まると二度と見られない光景。
このスケールの大きいこと、驚きである。

宿泊はマンション・コテージ・旅館と、
多彩に選択。
板取川温泉湯本すぎ嶋で親子全員集まり、
そこで子供のお嫁さんと
今度お嫁さんになられる方も交えて
昼食会を開催。

温泉もあり幸せな気分にひたった。

自然の中、青い空・緑豊かな森。
ああ・・・とても空気がうまい。

子供たちの好意によりこの旅行ができ感謝している。
川浦渓谷〜吾妻清水〜銚子の瀧〜飛弾高山。

午後8時の飛行機で帰る。


                             「洋」
  「7月トーク」                平成17年7月1日


「第2話 自転車屋人生の思い出」

タイヤとブレーキ取り付け替え

当時の実用車のタイヤは硬くて
ベルト状のものなどもあり、
力も技もない私は取り付けるのに苦労しました。

耳つきタイヤ(BE)ばかりで、
その硬いタイヤを工具も使うことが許されず、
素手で取り付けることが修行でした。
そのため指先や爪などすり切れてしまうほどでした。

今のクリンチャータイプ(WO)はまだ日本には少なく、
現在のタイヤ取り付け作業など簡単で、
当時から見れば夢のようです。

ブレーキはコースターが多く、
この修理も大変で、
真鍮銅のリングの取り替えやヤスリをかけて、
すたれた部分の補修作業が主でした。

ハンドブレーキも少しづつ出回ってきて、
その修理はライニング張り替えといって
ベルトの加締め部をはずし、
新しいベルトをちょうど良い長さに切って
鋲止めしていました。

すべてが手作業の毎日。
その中で鍛えられました。


                             「洋」
  「6月トーク」                平成17年6月1日


「第1話 自転車屋人生の思い出」

修行の時代(1955〜1960)

中学を卒業して15才よりこの道一筋。
戦後10年、
やっと日本も立ち直りかけはじめたころでした。

自転車は物を運ぶ道具で実用車、運搬車ばかり。
市場の魚屋さん、肉屋さん、
八百屋さん、酒屋さん、
米屋さん、乾物屋さん、氷屋さん、
それに大エさん、左官屋さん他
いろんな職業の人たちが仕事に使っていました。
今のバイクや軽四輪の役目をしていた時代です。

仕事の内容は錆こけた自転車の掃除。
分解掃除部品も豊富にない時代でしたので、ほとんど修理。
古タイヤなど少し程度がよいものは焼き付け補修して
中古自転車などに使っていました。

朝早くから、夜遅くまで働き、
休みも少ない日々の中で、
将来独立して店を持つまでは、
と毎日が勉強でした。


                             「洋」
  「5月トーク」                平成17年5月1日


「この道一筋50年」

1955年4月25日より始まったこの仕事。
今年は50年の節目を迎えました。

半世紀、いろいろありましたが、
ここまで続けられたのは、
この仕事がシンプルだけど
興味尽きないほどに奥深く、
人が関わらないと動かない道具で、
宇宙旅行も可能な時代に
自動操縦が出来ない神秘性があり、
かつ機械文明の元祖でもあることです。

200年以上も続いている、地球に優しい乗り物・・・
スポーツに、健康づくりに必要とされます。

また自転車を楽しみながら、
きれいに乗って頂けるよう、
これから先も私の天職として、
皆さんと勉強していこうと思います。


                             「洋」
  「4月トーク」                平成17年4月1日


「油山トレーニング日記」

昭和43年より始めた早朝サイクリング。

自宅から油山を自転車で1日最低10km、
それ以上乗っても10qとして、
雨の日も。風の日も。

38年の歳月をかけて
平成17年3月20日で4,000日目、
地球一周の距離(赤道上)
40,000qを達成しました。

わずかな距離でも地道にコツコツ続けたことが、
こんな記録になり、
おかげさまで今日まで健康で
仕事を続けられたことに感謝しています。

これからも走れる限り、
継続していこうと思います。


                             「洋」
  「3月トーク」                平成17年3月1日


「冬の海」

2月11日(建国記念の日)
今年になって久しぶりの青空。
午前7時30分頃から佐世保方面へドライブをした。

港に着くと潮の香りに誘われ、
冬の海にしては波静かで、
初めての九十九島めぐりとなった。

遊覧船パールクィーンで
約1時間のクルージング気分を味あう。

海水は透明度が高く、
島々は海と空とのバランスが取れていて
とてもきれいでした。


「西海国立公園九十九島」について!
佐世保港から北へ25q、
平戸瀬戸まで連なる大小208の島々を九十九島といい、
島の密度は日本一といわれています。

平戸諸島、五島列島などの外洋性多島海群とともに、
日本本土最西端の海の国立公園である。

佐世保近海の島々は南九十九島と呼ばれ、
一つ一つの島が独特の表情を持ち、
とりわけ美しい海峡です。


時間に余裕を持ち、
日本の島々をのんびりサイクリングしていきたいですね。


                             「洋」
  「2月トーク」                平成17年2月1日


「昭和の町・商店街」

1月10日に、
「豊後高田昭和の町」を見学してきました。

センチュリーランでおなじみの
国東半島北西の半島入り口にあり、
静かな町並みです。

昭和30年代のお店が
約50軒ほど昔の面影を残しています。
一番目につくのがやはり昔の実用車、運搬車、
荷物を運ぶのが目的の自転車、
紙芝居をするためのツールになっていた時代の
自転車、リヤカー、自転車バイクなど。

駄菓子やの夢博物館では
ブリキのおもちゃ、電気製品、映画のポスター、
アナログ商品がたくさんありました。

町並みの風景を演出しているのが
やはり自転車のようで落ち着きます。

また、この町並みに愛着を感じる年齢層は
何歳ぐらいか振り返ってみると、
1925年〜1955年代生まれの人達でしょうか。

今後、この町並みがどのように変わっていくのか?
皆さんの生活の継続を願い、
そして維持管理が出来て
末永く続いてほしいものです。


                             「洋」
  「1月トーク」                平成17年1月1日


「 希 望 」

新年明けましておめでとうございます
今年も平和で良い年でありますよう、
そして健康で心豊かな生活ができるように努力していこう。

一年過ぎるのは早いもので、
計画と目標を持っていないと
時間の浪費になりますね。

私は今年4月でこの道一筋50年目を迎え、
また新たな目標にチャレンジします。

同じ仕事をしていても難しいことが
次から次へと出てきます。
これが勉強というものでしょう。

だからそれに向かって行くことから
希望がわいて、
やる気が出てくるのではないでしょうか。


                             「洋」
  「12月トーク」                平成16年12月1日


「油山は私の感性を磨くところ」

長年油山に登っていると、
四季折々の山の表情や動物との出会い、
人との出会い、
その度に自然の恵みを受けて
生かされているのだなと、
最近特にそう感じます。

11月10日(水)
午前6時から約30分間、
東の空に金星と木星との間に三日月が
手のひらに収まるほどの間隔で
一直線上に並んでいるのが見られ、
とても感動しました。


                             「洋」
  「10月トーク」                平成16年10月31日


「社会人講話、お礼にかえて」

和白丘中学校生徒の皆さんへ

平成16年10月15日に、
社会人講話のお礼の言葉として
生徒さん25名から文章で送ってきました。

一人ひとりの文面を読んでいくうちに、
将来の希望とか感謝の心や
ありがとうという気持ちがあらわれていて、
私は感激しました。

中学3年生、
純粋で素直さがあり、
「今の若い人は捨てたものではない」
と肌で感じました。

私は、この道一筋50年目にして
初めて先生と呼ばれました。
これを機会によりいっそう勉強して、
教えられる仕事に磨きをかけていこうと思います。

平成16年10月24日
長住サイクル 舩越洋治
  「9月トーク」                平成16年9月30日


「社会人講話」の講師として
9月25日(土)福岡市立和白丘中学校にて

本校中学3年生では、
総合学習において
“生き方を学ぶ(進路)”をテーマに
一般社会人の方を講師に
「社会人講話」の講座があります。

タイトルは自転車は私の恋人

約1時間の講話。
私の人生経験などホイルを組み立てながらお話をしていく中で、
36Hフロントで8本組設定のスポークを
6本組で組始めたので、
途中までで失敗しました。

口と手どちらも集中力がいるのに、
「二兎を追う者は一兎をも得ず」のことを
身をもって知りました。

それでも無事お話する事ができました。


                             「洋」